第83話 初めてのダンジョン農場

 学園での騒動がひと段落つき、俺たちは地底湖のツリーハウスに帰還した。

 留守を任せているウッドマンたちに出迎えられたが……俺たちのところへ来た途端、彼らは困惑する。

 ……まあ、それは無理もないか。


「あらあらあら、これが先ほどお話に聞いたウッドマンたちですわね?」


 なぜなら、ウッドマンたちにとっては見慣れない六人目の存在がいたからだ。

 ――いや、厳密に言うと七人だ。

 ひとりは俺の元婚約者であるシャーロット・ブラファー。

 もうひとりは彼女の専属メイドで、名前をクラウディアさん。


 突然人数が増えたものだから、ウッドマンたちは固まってしまった。


「? 驚かせてしまったかしら?」

「ちょっと混乱しているだけさ。――ほら、みんな大丈夫だから」


 俺が声をかけると、ウッドマンたちは意識を取り戻す。

 すると、


「……あなた、やっぱり以前どこかでお会いしたことがないかしら?」

「そ、それはないんじゃないんかな」

「ですが、ベイルという名前にも聞き覚えが――」

「お嬢様、目的をお忘れなく」

「そうでしたわね」


 いいタイミングでクラウディアさんが声をかけてくれた。

 俺とシャーロットが婚約関係にあったこと――クラウディアさんは、その件を内密にしておいてほしいとお願いしてきた。

 婚約破棄自体は珍しいことではないのだが、幼かったシャーロットにとってはショックな出来事だったらしく、しばらくふさぎ込んでいたという。

俺の記憶の中にも、シャーロットと過ごした時間の記憶がわずかながら残っている。それによると、婚約自体に嫌な思いはなく、破棄は親同士による話し合いの末に決断されたことだったようだ。

今ではもう貴族でなくなった俺は、きっとフラヴァ―家から相手にもされないのだろうが、もう少し時間が経ってから事実を打ち明け、良好な友人関係を築きたいという気持ちはあった。

これは俺だけでなく、クラウディアさんの希望でもあったようだ。


 そうした交流の一環として、シャーロットにはうちの農場で収穫した薬草を学園まで届けてもらうことにした。


 最初は渋ったようなリアクションを見せていたシャーロットだが、霧の魔女との騒動を通してマルティナたちと親交を深めたということもあり、本音としては「もうちょっとお話がしたい」って感じなんだろうな。俺が帰ろうと切り出したら、露骨に寂しそうな顔していたし。


 結局、それを見かねたクラウディアさんがスラフィンさんに運搬係を持ちかけたことで延長が決まったんだよな。あの人‥…何気に優秀だな。


「これがマルティナさんたちの言っていた地底湖ですか」

「綺麗ですよね!」

「えぇ……美しいですわ」


 マルティナだけじゃなく、シモーネやハノンとも仲良さそうに会話をしているシャーロット。

 ――ただひとり、


「まったく……みんな浮かれちゃって」


 キアラだけが不服そうな表情だった。


「キアラは行かなくていいのか?」

「あ、あたしは別に……」


 咄嗟にそう誤魔化すキアラだったが、視線は確実にシャーロットたちを追っていた。


「あっ! あれが例の農場ですわね!」


 その時、シャーロットが俺たちの農場を見つける。


「ダンジョンにある農場……まさか嘘偽りがなかったなんて……正直、最初は存在しないと思っていましたわ」

「これもワシとベイルの力が成せる奇跡じゃな」


 竜樹の剣とアルラウネ。

 確かに、このふたつがあれば、世界中のどんな場所でも――それこそ、砂漠のど真ん中でも農場ができそうだな。


 薬草畑を前にはしゃいでいるシャーロットたちを眺めていると、クラウディアさんが話しかけてくる。


「わたくしは今晩シャーロット様がお泊りになる部屋へ荷物をお運びしたいと思っているのですが、どちらになりますか?」

「ああ、それなら――って、うん?」


 今の会話……何か、とても聞き捨てならないワードが盛り込まれていたような気がするのだけど。


「と、泊まる!?」

「はい。そのつもりで、学園からは外泊許可をいただいてきました」


 手際が良すぎる!

 というか……大丈夫なのか?

 貴族のご令嬢をうちのツリーハウスに泊めても……


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