第76話 ベイルの元婚約者

 どこかで聞いたことがある名前。

 どこかで見たことがある顔。


 あのシャーロットというキアラのライバルを自称する女の子……忘れていたけど、ずっと昔に会ったことがある。


「シャーロットお嬢様は――あなたの元婚約者です」

「……えぇ。そうでしたね」


 完全に思い出したよ。

 いくつの時だったから忘れたが、かなり幼い頃にうちが主催した舞踏会に来ていて、そこで紹介されたのが出会いだった。

 当時は婚約とかよく分かっていなくて、ただ仲の良い女友だちができたって感覚だったな。結局、直接顔を合わせたのはそれっきりだったし、しばらくして父上から婚約は解消されたって聞いた。


 まさか、こんなところで再会するなんて……。

 ――とはいえ、あの子自身も俺のことは覚えていないようだ。

 ……仕方ないか。

 俺だってメイドさんに追及されなければ、きっと思い出していなかっただろうし。

 うん?

 ってことは、


「シャーロットお嬢様に俺のことを伝えなくていいんですか?」

「できれば……あの頃のことは黙っていてもらいたいのです」

「えっ? どうしてですか?」


 メイドさんからの思わぬ提案に、俺は思わず聞き返してしまった。


「あの当時、お嬢様はいたくあなたを気に入られて……解消が決まった時、もう会えないと知ると、それはもう大騒ぎに」


 つまり、辛い過去を思い出させたくないから、黙っていてくれってことか。

 今までのやり取りを見ていると、なんとなくその光景が想像できてしまうな。


「そ、そもそも、なんで解消に?」

「むしろそれはこちらが知りたいところなのですが」

「へっ? う、うーん……俺は何も聞いていないんですよ」


 ていうか、相手にろくな説明をせず婚約を解消したってことか?

 ――さすがにそれはないだろう。


「当事者であるあなたも知らないということは……理由については本当に一部の者にしか伝えられていないようですね」

「そう思います。まあ、家を追いだされた今となっては、もう関係のない話ですが」

「? 家を追いだされた?」

「あ」


 しまった。

 話の流れでつい余計なことを。


「そういえば、神授鑑定の儀が行われて以降、姿をお見かけしていませんでしたね。てっきり別の学園に入られたのだとばかり」

「い、いろいろありまして……」


 この学園にディルクが通っている以上、あまり深入りされると面倒事に巻き込まれそうだからなぁ……なんとか誤魔化そう。


「なるほど。キアラ様を含め、あれだけの数の女の子を侍らすことができるのも、家を出た効果ということでしょうか?」

「うん?」

「名門オルランド家の嫡男ともなれば、たとえ家を追いだされてもその名に恥じぬ豪胆な女性付き合いを――」

「いや、全然関係ないからね!」


 なんだか、あらぬ疑いをかけられている。

 すると、そこへ、


「あなたたちはさっきから何の話をしていますの?」


 問題のお嬢様が乱入。


「い、いや、何でもないよ」

「そんな風には見えませんでしたが――あら?」

「な、何?」

「あなた……以前どこかでお会いしませんでした?」

「ど、どうかな。たぶん会ってないんじゃないかな。俺なんてただのしがない農夫だし」

「……ですわね。わたくしの勘違いだったようですわ」


 な、なんとか誤魔化せたか。

 

「って、そうですわ! お伝えしなければいけないことがありましたの! あのアルラウネのハノンとかいう子が、犯人の手がかりを掴んだと言っていますわ!」

「何だって!」


 事態は急変。

 俺はシャーロットとともにハノンたちのもとへ駆けだした。


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