第61話 朝の町でひと騒動

 翌朝。

 収穫した野菜を荷台に詰めると、水流シモーネとともにライマル商会へと向かう。



 朝の町は喧噪に包まれていた。

 店舗や屋台にとどまらず、町長から許可をもらってスペースを確保し、路上に商品を並べ、呼び込みをしている人までいる。


「賑やかですねぇ」

「ああ。活気があるよな」


 最初は人間を怖がっていたシモーネだが、今ではすっかり馴染んで落ち着いている。最初にこの朝市を見た時は卒倒しそうだったけど、成長したものだ。

 ……それにしても――


「朝市かぁ……」


 昨日の移動販売は大成功だったが……こっちはこっちで興味があるな。

 ただ、今の段階であまり手広くルートを広げるのは得策でないとも思う。まあ、朝市や移動販売は自由度が高いから、縛りがないっていうのは強みでもある。


 にぎやかな中央通りを抜けて、ライマル商会へ入ろうとした――その時、


「このガキ!」


 突然、怒鳴り声が聞こえた。

 その直後、俺とシモーネの前をひとりの男の子が通り過ぎる。

 さらに、そのあとからいかつい中年男性が血相を変えて走ってきた。


「頼む! そいつを捕まえてくれ! うちの商品を盗みやがったんだ!」


 必死に訴える中年男性の声を聞き、すぐさまシモーネが動いた。

 人間離れした瞬発力をもって、あっという間に男の子の前方へと回り込んだ。


「わわっ!?」


 いきなり目の前に現れた角と尻尾の生えた少女に驚いたその子は、急激にスピードを落としたため転んでしまった。


「ああっ! ご、ごめんね! 大丈夫?」


 シモーネが心配して男の子に近づこうとするが、


「触るな!」


 伸ばしたシモーネの手を振り払い、男の子は再び走りだそうとするが、それよりも先に追いかけてきた中年男性に捕まってしまった。


「もう逃げられねぇぞ!」

「放せよ!」

「うるせぇ! 被害はうちだけじゃねぇんだ! 例の泥棒も、おまえたちの犯行なんだろ! 自警団につきだしてやる!」


 例の泥棒?

 ああ、フェリックスさんが調査に乗りだしていたあの件か。

 まさか……犯人があんな子どもだったなんて。


「こっちへ来い!」

「やめろ!」


 中年男性は男の子を自警団へと連れて行こうとするが、激しく抵抗しているためうまくいかない。その時、


「店の前で何を騒いでいるんだ」


 商会からグレゴリーさんが顔を出す。


「うん? ベイルにシモーネ? おお、野菜を持ってきてくれたのか」

「え、えぇ……それより、グレゴリーさん――」

「分かっているよ」


 どうやら、グレゴリーさんは一目状況を見ただけで事態を把握したらしい。きっと、真犯人を捜してくれとフェリックスさんからの依頼もあったのだろう。すぐさま対応に当たった。


「ハンス、そいつが例の泥棒か?」

「ああ! 間違いねぇ!」

「ふーん……本当か、坊主」

「ちげぇよ! 確かにパンは盗んだけど……人の家に乗り込んで盗みを働いた覚えはねぇよ!」

「この野郎……そんな見え透いた嘘が通ると思ってんのか!」

「まあまあ」


 拳を握って男の子を殴ろうとするハンスさんをなだめるグレゴリーさん。さすがに落ち着いているな。


「この件は俺に預からせてくれ」

「で、でもよぉ……」

「ギルドの特別室へ案内する。あそこならそう簡単に逃げだせはしないし、その間にフェリックスのところへ使いを送り、今後の対応について検討する」

「……分かった。あんたに任せるよ」


 ハンスさんは振り上げた拳をおろすと、踵を返して店へと戻っていく。


「さて、坊主。そういうことだからうちへ来てくれるか?」

「……ああ」

「あと、ベイルとシモーネ」

「「は、はい!」」


 状況の変化を見守っていた俺たちは、突然名前を呼ばれて思わず声が裏返る。


「商談の前にちょっと付き合ってもらいたい。いいかな?」

「だ、大丈夫です」


 咄嗟にOKを出しちゃったけど……付き合うって、あの男の子の件についてか?

 それはちょっと関心があったので、むしろ望むところか。

 あの男の子……ただの盗人ってだけじゃなく、なんだか訳ありっぽいな。


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