第49話 マルティナの夢

 大貴族タバーレス家の厨房を任されているシェフ・ヒューゴさんは、マルティナの父親だった。

 親子喧嘩の末にマルティナは冒険者を目指してヒューゴさんのもとを去ったらしい。初めてマルティナの料理している様子を見た時から思っていた……素人目で見ても、その腕前は相当なものだった。


 あれはヒューゴさんに鍛えられた末に身につけたものだ。

 ヒューゴさんは、マルティナを自分の後継者として、タバーレス家の専属料理人にするつもりだったらしい。マルティナ自身も、料理が好きでその夢を叶えようと努力を怠らなかった。


 しかし、本格的に後継者としてより高度な技術を叩き込もうとした矢先、マルティナは冒険者になると言いだし、ヒューゴさんのもとを去った。



 その理由について、マルティナ本人の口から語られることとなった。


「冒険者を目指すきっかけは……ある人物に憧れたからなんです」

「ある人物?」


 食後。

 俺たち四人は、マルティナの話を聞くため、食卓に残っていた。

 そして語られた「憧れの人物」の存在。


「その人が冒険者だったんだ」

「厳密に言うと、冒険者兼料理人なんです」

「ず、随分と珍しい肩書ね」


 キアラの言う通りだ。

 冒険者をしながら料理人をしているなんて……なんていうか、あまりにもかけ離れすぎていてピンとこない。


「彼の自伝を呼んだのですが、それによると、彼は大きな塔のあるダンジョンを攻略しようとしたそうですが……結局、攻略は叶わず、塔の一階を改装して食堂を開いているそうです」

「ダ、ダンジョンに食堂ですか!?」

「凄いことを考えつく者がおるのぅ」


 これには竜人族のシモーネやアルラウネのハノンも驚きを隠せない様子。まあ、人間である俺たちからしても、それは常識離れの所業と言わざるを得ない。


「その塔のあるダンジョンは未だ攻略されていないのかな?」

「自伝によると、どうやら攻略達成を果たしたパーティーがいたようですよ。しかも、メンバーは私たちとそれほど年齢が変わらない少年少女たちだったとか」

「へぇ……世の中には凄い人たちがいるものね」


 感心するキアラ。

 俺も同じようなリアクションだ。……俺たちと変わらない年齢で攻略困難なダンジョンをクリアするなんて、きっとSランクパーティーに所属する若者なのだろう。


 ――っと、冒険者の話はこれくらいにして。


「その人に憧れて冒険者に?」

「えぇ……世界中にあるいろんなダンジョンを冒険し、そこで得た食材や知識――私はもっと新しい料理とたくさん出会いたいと思い、冒険者兼料理人として生きる道を選んだのです」


 なるほど。

 料理人は料理人でも、これまでの技術をただ受け継ぐだけじゃなく、これまでに見たことのない食材や調理法を探すってわけか。


「でも、それならそれで俺たちに言ってくれたらよかったのに」

「な、なんだか気恥ずかしくて……」


 それが俺たちに同行しなかった理由ってわけか。


「あと、冒険者といっても、本当にまだなったばかりの新人ですから。これから少しでも強くなって、将来的にはもっといろんなダンジョンに挑戦したいと考えています!」


 興奮気味に語るマルティナ。

 憧れた冒険者兼料理人のようになる、か。

 そういう目標があるというのはいいな。


 俺も何か、また新しいことに挑戦してみようかな。

 マルティナの過去を知った俺は、漠然とそんなことを思うのだった。


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