第48話 帰路

 タバーレス家に野菜を届け終えた俺たちは、事前の打ち合わせ通り、帰宅の準備を始めた。

 ちなみに、グレゴリーさんはこの舞踏会に参加するらしい。

 目的はダンスではなく、貴族たちの商談だろう。

 なんでもない立ち話が大きなビジネスに広がることもある、と瞳を輝かせながら語っていた。ここへ来てもそう思えるのは商魂たくましいというかなんというか。

 まあ、俺は商人じゃなくて農夫だから、あそこまでギラつく必要はないな。それに……あの場にとどまると、ディルク以外にも会いたくない人物は大勢いる。主に、俺がオルランド家にいた頃からつながりのある貴族連中だけど。


 俺が竜樹の剣を授けられたことがきっかけとなり、オルランド家を追いだされたことは知っているだろうから……農夫となった俺に好奇の眼差しを向けるだろう。それが俺ひとりであれば耐えられる。しかし、そこにキアラがいたら――たぶん、まったく違った感情を抱くだろう。


 そうならないためにも、早々に帰った方がいい。

 これが俺の下した判断だった。


 ちなみに、タバーレス家に野菜をおさめるという話は、ヒューゴさんからグレゴリーさんへ話をしてくれるという。


「悪いな、キアラ。なんだかドタバタしてしまって」

「別にいいわよ。私も、あんまりかしこまった席って好きじゃないのよね」


 そう言ってくれたキアラだが……なんとなく、俺がこの場に居づらいってことを察してくれたのかな。


 ――それと、帰り支度を急ぐのにはもうひとつ訳があった。

 そう……マルティナのことだ。


 父親であるヒューゴさんとは将来のことで揉めてしまい、半ば家出のような形で冒険者の道へと進んだマルティナ。

 なぜ、彼女はあえて冒険者という危険な仕事を選んだのだろう。

 ヒューゴさんは心当たりがないと言っていたが、何も考えず冒険者になるとは考えづらい。それに、マルティナの料理の腕前は一級品だ。そこまで上達するには、きっとヒューゴさんのもとで幼い頃から修行していたに違いない。


 以前、「料理は好き」と語っていたマルティナ。

 そんな彼女がなぜ冒険者になったのか……俺とキアラは直接本人に聞いてみることにしたのだ。




 所用でライマル商会の店に戻るという馬車に乗せてもらい、俺たちはドリーセンの町へと戻ってきた。まだ時間が早かったため、地底湖のほとりにあるツリーハウスへ戻ってきてもまだ夕方だった。


「ただいま~」

「すまない、遅くなって」


 俺とキアラがツリーハウス内へ入ると、すでにハノンとシモーネが夕食の準備を始めていた。マルティナはキッチンに立ち、野菜スープを作っている最中のようだ。


「む? もっと遅くなるかと思っておったが、存外早かったな」

「いろいろあってな」

「うまくいったんですか?」

「もちろんだよ」


 ハノンとシモーネに、野菜が気に入られただけでなく、タバーレス家に野菜をおろすことになったことを告げた。


「ほう……あのタバーレス家と」

「なんだかよく分からないけど、凄いっていうのは伝わります」


 それくらいの認識でまったく問題ないんだよな。


「お帰りなさい、ベイル殿。それにキアラちゃんも」


 愛用のエプロンを身に着けたマルティナが、小走りにこちらへとやってくる。

 直後、その表情が強張った。

 どうやら、俺とキアラが醸しだすオーラというか、「分かっているよな?」って雰囲気で何もかも察したらしい。


「なあ、マルティナ」

「……食事の後で、すべてをお話しします」


 意外にも、マルティナの方から事実を打ち明けると言いだした。

 果たして、その真意とは……

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