第47話 希望と衝撃の事実

 タバーレス家の専属シェフことヒューゴさんからの依頼を受け、うちで育てている野菜はライマル商会を通してこちらへおさめる運びとなった。


「一歩前進ね、ベイル」

「あ、ああ」

「「イエーイ!」」


 俺とキアラは思わずハイタッチをして喜び合う。

 なんだか……今になって、実感が湧いてきた。俺の作った野菜が貴族の屋敷で使われる――俺自身が元貴族だから、食材にどれだけこだわっているのか、その厳しさはよく分かっている。だから、ヒューゴさんに選んでもらえたことが嬉しかったんだ。


 初めて、人に認めてもらえた気がした。


 厳密に言うと、竜樹の剣を授かる前はあった――が、それはあくまでもオルランド家というフィルター越しに見た俺への評価だった。何をやって、どんな成果をだしても、「あのオルランド家の嫡男ならばこれくらい当然」という前提があっての話であったのだ。


 けど、今は違う。

 ただの農夫として再出発し、その成果が出始めている。

 もちろん、ここまでの評価を得られた背景には、俺以外の力も大きく作用している。

 農場を管理するアルラウネのハノン。

 家畜たちの世話係をする竜人族のシモーネ。

 もちろん、キアラやマルティナがいてくれた効果も大いにある。


 ――って、マルティナ?


「あっ、そうだ」


 俺は厨房でのことを思い出し、何気なく尋ねた。


「先ほど、厨房でシェフの動きを見ていて思ったのですが――もしかして、以前マルティナという子を弟子にしていませんでしたか?」

「!?」


 ヒューゴさんの動きがピタッと止まった。


「マルティナ……?」

「えぇ。わけあって、今は彼女と生活を共にしていますが、その際、よく振る舞ってくれる料理を作る所作があなたにそっくりだったのもので」

「…………」

「あ、あの、ヒューゴさん? 聞こえていますか?」


 反応がない。

 ……ただ、まあ、それで大体の見当はついた。


「もしかして……ヒューゴさんとマルティナは――」

「親子だ」


 頭を抱えながら、ヒューゴさんは驚くべき事実を語ってくれた。


「料理人を辞めて、昔から憧れだったという冒険者になると言って家を出たが……まさか君のところにいるとは……」

「い、家を出たって……」


 その話は初めて聞いたぞ。


「恥ずかしい話だが、あの子が家を出る時にケンカになって……飛び出していったあの子を追いかけようともしたのだが……」


 そこで意地を張り、追いかけることをしなかった。

 その結果、マルティナの行方が分からなくなっていたってわけか。

 

「母親が死んでから、男手ひとつで育ててきた娘が、命の危険もある冒険者になるというのはどうしても許せなくて……」

「な、なるほど」


 ……分かる気がするな。

 料理人の道は、確かに険しい――が、命を失うようなことはない。

 一方、冒険者は一攫千金の夢はあるが、命を失ってしまうかもしれない。


 マルティナの性格を考えると、金銭絡みで目指したとは考えづらいので、他に何か理由があったのだろう。


 マルティナが冒険者を目指した理由、か。

 それはちょっと気になるな。


「マルティナが冒険者を目指すきっかけとかあったんですか?」

「皆目見当もつかない。……はあ」


 虚しくため息を漏らすヒューゴさん。

 しかし、娘が元気にしていることを知れたのは、彼にとって大きな収穫だったようで、表情自体はどこか明るさも感じる。


 しかし……なんとかこの親子の間にできた溝を埋められないものか。

 戻ったら、一度マルティナとも話してみるか。

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