第44話 到着

 馬車に揺られながら眺めるのどかな風景。

 平和を実感できるな。

 ここが、【ファンタジー・ファーム・ストーリー】が愛される要因のひとつであった。

 この作品には戦闘要素こそあるが、基本的にはまったりゆったりとした時間の流れる癒し系。心の荒んだ大人からピュアな子どもまで、幅広く楽しめる要素があるのだ。

 

「本当にのどかよねぇ~」


 ……どうやら、それはこの世界で生きる者たちも同じようだ。

 漂う牧歌的な空気を前に、キアラは今にも意識を失いそうだった――つまり、眠たいってことだ。


「寝ていくか? 着いたら起こすよ」

「へ、平気よ!」


 カッと目を見開くキアラ。

 何やらムキになっているようだが――十分もすると、


「すう……すう……」


 静かな寝息を立て、夢の世界へと旅立っていた。


「やれやれ」


 俺の肩を枕替わりにして寝ているキアラ。

 いつもよりずっと距離が近いことに驚きつつも、俺は新たな戦闘手段――例の肉食性植物について考えていた。


「そろそろ決めておかないとな」


 育成する時間も含めたら、早めに準備をしておく必要がある。

 すでにいくつかリストアップしておいたので、到着するまでの間にいろいろと可能性を探ってみよう。


 ――それから一時間後。


「おーい、もうすぐ着くぞー」

「あっ、はい」


 グレゴリーさんの呼びかけに応えると、俺は隣で寝ているキアラを優しく揺らして起こす。


「キアラ、もうすぐ目的地に到着するって」

「う、うぅん……」


 どうやらぐっすりと深い眠りについていたようで、寝ぼけているっぽい。最近は学園の課題だけでなく、自主的にいろいろと魔法を研究しており、寝るのがメンバーで一番遅いんだよな。その影響があったのかもしれない。


 しかし、さすがにこのまま馬車に放置しておくわけにもいかないので、なんとか起こそうとするのだが、


「…………」


 ボーっと前を見つめたまま動かに。


「お、おい、大丈夫か?」

「えっ――っ!? べ、ベイル!?」

「? そうだけど?」

「な、なんで!? ここは――あっ」


 反応を見る限り、自室で寝ていると思い込んでいたようだ。そこに俺がいたものだからこっそり部屋へ入ってきたと誤解したのか。それに気づいた今は、恥ずかしさで顔を赤くしている。

 これに懲りたら、今後はもう少し早く寝てもらいたいな。


 屋敷に到着すると、すぐさま使用人たちが飛んでくる。その中に、ひとりだけ服装が異なる中年男性が。恐らく、彼がシェフなのだろう。


「早速で悪いが、野菜を確認させてもらえないか?」

「えぇ、どうぞ」


 到着するなり、その男性は荷台に積まれた野菜を確認させてくれと頼みに来た。相当焦っている様子が伝わってきたので、俺はすぐさま持ってきた野菜を男性に見せる。


「お、おぉ……これは……」


 ひとつひとつの野菜を手に取ると、驚いたような声を出す。


「ど、どれもいい状態だ……触った感じでうまいと分かる……」

「ありがとうございます」

 

 育てた野菜を褒められ、自然とお礼の言葉が口をついた。

 すると、物凄い勢いで男性の顔がこちらに向く。


「き、君が育てた野菜なのか!?」

「は、はい」

「そうなのか……すまない。あとで少し話せないだろうか」

「えっ?」

「すぐに取りかかればすぐに完成する。それまで少し待っていてもらいたいのだが」

「わ、分かりました」


 その迫力に押されて了承してしまったが……なんだろう……この人、誰かと雰囲気が似ている気がするんだよな。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前はヒューゴだ」

「ベイルです」

「私はキアラです」


 それぞれ簡単に紹介を済ませると、荷物を屋敷へ運ぶ手伝いをするため荷台から飛び降りる。

 ヒューゴさんの話が気になるところではあるが、今は仕事に集中するとしよう。

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