第39話 可能性

 依頼を受けてから一週間後。


「うん。いい調子だ」


 収穫して商会に届ける予定日まではまだもう一週間ある。

 ここまでは順調そのもの。

 ダンジョンである利点として、大雨や強風の影響を受けないということもあり、軌道に乗ればあとは育つのを待てばいい。聖水の効果もあり、通常よりもずっと早く成長するここの野菜は、一日でガラリと姿を変える。それを近くで眺めるのも一興だ。


「毎日飽きんのぅ」


 俺が野菜を眺めている横で、ハノンがそう呟く。


「いや、こうして眺めているだけでもすごく楽しいよ」


 ここは自由に農場を経営できる【ファンタジー・ファーム・ストーリー】の世界。さすがにゲームと同じくワンクリックで開拓できるほどお手軽ではないが、竜樹の剣は限りなくそれに近い状態にしてくれる。

 おかげで、すっかりこの農場は広くなった。

 ウッドマンたちも頑張ってくれたし、これからはもっと依頼の数を増やしてよさそうだな。


「ねぇ、ベイル」


 うっとりしながら農場を眺めていると、キアラが話しかけてきた。


「どうかしたか?」

「あなたもたまには私たちと一緒にダンジョンの探索をしない? 結構やりがいがあって楽しいわよ?」

「えっ?」


 それは意外な誘いだった。

 というのも、キアラは当初あまり探索に乗り気ではなかった。

 相棒のマルティナはこれまで、俺が臨時で加勢した初戦闘の時を除けば、単独でしかダンジョンで行動したことがない。そこへきて、剣士である自分とは正反対の魔法使いというキアラが加入――そうなれば一緒に探索したくなるのは冒険者として自然な欲求と言える。


 最初のうちは、自分の魔法を実戦で試せる機会だと割り切っていたキアラだが、そのうち、すっかり冒険の楽しみに魅了されていた。


 今も、俺を誘うその瞳はキラキラと輝いている。

 案外、こっちの方が向いているのかもな。


 それにしても……ダンジョン探索か。

 興味がないといえば嘘になる。

 だが、俺の持つ竜樹の剣は農業特化のアイテム。

 神種と呼ばれる貴重なアイテムを生みだしたり、土壌改良したりはできるが、戦闘能力は皆無だ。


 ――とは言いつつ、「もしかしたら」という可能性も抱いていた。

 きっかけはさっきも述べた、マルティナとの出会いの際に生じたモンスターとの戦闘だった。

 俺は竜樹の剣が生み出す植物の力を借りてモンスターの動きを止め、その間にマルティナが自慢の剣戟で仕留める――この一連の流れがヒントだ。


 俺はモンスターを倒せない。

 けど、モンスターを倒す手伝いならできるかもしれない。

 ゲームではできなかった竜樹の剣の使い方……本格的に冒険者をやるつもりはないが、新しい道が開けるかもな。


 作物も順調に育っていることだし、行ってみるか。


「分かった。ついていくよ」

「そう来なくっちゃ! マルティナにも言ってくるわ!」


 キアラは嬉しそうに言って、マルティナのもとへと駆けていく。

 ……すっかりアクティブになったなぁ。


「ダンジョン探索か……まあ、せいぜいドジを踏まないようにな」

「心得ているよ。シモーネと一緒に留守番を頼む」

「任せておけ。――っと、それにしても、あのドラゴン娘はまだ寝ておるのか……?」

 

 実は寝坊癖のあったシモーネ。

 今も自室で寝ているようだが……まあ、そのうち起きてくるだろう。


 気持ちを切り替え、初めてのダンジョン探索――楽しむとしますか。

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