第37話 依頼


 国内でも屈指の大貴族であるタバーレス家。

そんな一族が関係しているなんて……どんな用件なんだ?

 俺は息を呑み、グレゴリーさんの言葉を待った。


「実は、今から二週間後にそのタバーレス家で舞踏会が開かれるんだ」

「舞踏会……ですか?」

「ああ。と、言っても、王宮でやるようなド派手なものじゃないって話だが……まあ、それでも貴族同士が集うわけだから、それなりの規模になるようだがな」


 舞踏会自体は、珍しい話じゃない。

 実際、俺がかつて暮らしていた家――オルランド家でも何度か開かれていたな。もう俺がそこに出ることはないし、出たいとも思わないが。


「で、だ。その舞踏会では料理も振る舞われるのだが……その料理で使う野菜に少々問題が発生した」


 なるほど。

 どうやらそれが相談事の核の部分か。


「その問題というのは?」

「うむ……タバーレス家では、料理に使用する食材に関して、すべて契約を結んでいる専属農家や漁師から仕入れているんだ。その中で、野菜を任されている農家のある地方に異常気象が発生し、その影響で作物は全滅してしまったらしい」

「そ、それじゃあ……」


 俺が声をあげると、グレゴリーさんは静かに頷いた。


「タバーレス家の当主は代わりとなる野菜を探しているそうなのだが、その時、君の野菜の噂を耳にしたらしい」

「もしかして……うちの野菜を使いたい、と?」

「その通りだ。実は昨日の昼間に使者が来てな。どうしようかと迷ったが……とりあえず相談をしておこうと思って」


 本来、俺との契約者であるグレゴリーさんが強制的に契約を結ぶ――なんて、乱暴な手段に打って出ることも可能だったはず。何より、相手は貴族だし。評価を上げたい一心でそういった行動を取ったとしてもなんら不思議ではなかった。


 しかし、グレゴリーさんはきちんと俺に相談してくれた。

 こちらの意見を聞こうとしてくれた。

 その配慮が嬉しかった。


 とにかく、もう少し詳しい話を聞いてみよう。


「向こうが要求している野菜の種類って分かりますか?」

「リストは受け取っている。これだ」


 グレゴリーさんはそう言って俺に一枚の紙を手渡す。

 必要な野菜は全部で七種類。

 そのうち、タバーレス家の方でなんとか入手できたものが三種類で、残り四種類をこちらで用意できないか、というメモ書きが添えられていた。

 四種類の中にトマトがあったため、これはうちのフレイム・トマトで代用できる。あとの三種類はこれから育てることになる。


「なんとかなりそうか?」

「問題ありませんよ」


 俺は即答する。

 幸い、残った三種類の野菜は、どれも竜樹の剣に種を記憶させている。これにより、魔力を込めるだけでその野菜の種がいつでも取り出し可能となっていた。こういうこともあるから、いろんな野菜の種を竜樹の剣に取り込んでいかないとな。


 あと、二週間という期限も俺には関係ない。

 こちらには野菜の成長を促す聖水がある。

 今からすぐに始めれば、タバーレス家が必要としている量を確保するには十分な時間がある。


「頼みに来た側がこう言うのもなんだが……本当に大丈夫か?」

「おまかせください」


 俺はドンと胸を叩いてグレゴリーさんに告げる。


「そ、そうか。では、先方にはそのように伝えておく」

「お願いします」

「分かった。では、二週間後にまた」


 グレゴリーさんの表情は晴れやかだった。

 だいぶ気にしていたみたいだな……その分、期待には応えないと。


「そうと決まったら、早速手をつけていくか」

 

 見送りを終えて地底湖近くの農場へやってきた俺は、早速ハノンへ事情を説明し、竜樹の剣に魔力を込めるのだった。

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