第36話 朝の来客

 地底湖での暮らしにリズムが生まれていた。

 マルティナは朝からダンジョン探索へと乗りだし、時折、キアラが修行の一環としてそれに付き合っている。ハノンは農場で作物を管理し、シモーネは飼育している家畜の世話に奮闘していた。

 俺はというと、ウッドマンたちとライマル商会へ野菜を届け、ついでに買い出しをしたり、ツリーハウスの改装だったり、とにかくいろいろやっていた。


 これが一日の基本的な流れ。

 諸々順調に進み、ここでの生活が軌道に乗り始めいる。


 畑の野菜たちは竜樹の剣と聖水の効果で驚くほど速く育ち、それだけでなく、味もいいときている。グレゴリーさん曰く、うちの野菜は大変評判がいいらしい。注文が相次いでいるのだが、今の畑の規模では出荷ペースを早めることはできない。それを聞くと、依頼主はガックリして帰っていくのだとか。


 ならば次に俺がすべきことは――さらなる畑の拡張と新しい作物を育てる。

 この二点に絞っていいだろう。


「さて、そうと決まったら早速――」


 畑を広げるためにウッドマンたちと周辺を整地しようとした時だった。


 カランカランカラン。


 突如、ベルの音が鳴り響く。

 これは玄関の呼び鈴の音だ。

 玄関――といっても、俺たちが普段使っている地底湖とつながっている方の玄関ではない。

地底湖の真上。

 天井がなく、ポッカリと開いてその合間からは空が見える。ダンジョンの壁に沿って生えているツリーハウスは、そこから見える森まで伸びており、俺はその森の方からも入れる玄関を新たに作った。

 つまり、あちらからツリーハウスに入ると、構造上は玄関でありながら最上階に位置するということになる。


 そちら側に設置した、来客を知らせるためのベルが鳴っている。

 ――と言っても、この場所を知って、訪ねてくる人なんて、今のところひとりしかいない。


「グレゴリーさん? 何の用だろう?」


 ライマル商会のトップであるグレゴリー・ライマルさん――俺にとって、最初の取引相手である。何度かの取引を通して信頼関係を築けたと感じた俺は、彼にこの場所のことを教えていたのだ。


 俺は慌てて最上階まで駆け上がり、そこに設置された玄関のドアを開ける。


「やぁ、朝からすまないな」

「いえ、それは構わないですが……何かあったんですか?」

「あぁ……ちょっと相談したいことがある」


 表情と声のトーンでなんとなく察せられる。

 ――相談内容が、あまりいいものではない、と。




 もしかしたら必要になるかもしれないと思って、最上階に応接室を作っておいて正解だった。……最上階というが、地上からは一階になるんだよな。

 それはさておき、うちの特製ハーブティーを飲みながら話を聞くことに。


「ほぉ……」


 ハーブティーを口に含むと、グレゴリーさんは感心したような声を出す。


「正直、こういったお上品な飲み物は好かんのだが……これはうまいな」

「ありがとうございます」

「うん? まさか……これも君のところで?」

「はい。農場で育てています」

「なんと! ……ふふふ、君には毎度驚かされてばかりだ」


 笑顔を見せるグレゴリーさんだが……やはりどこか影がある。

 どうやら、相当厄介な案件らしいな。


「それで、本題ですが――」

「おっと、そうだった」


 コホン、と咳払いを挟んでから、グレゴリーさんは続けた。


「タバーレス家を知っているか?」

「! ……えぇ」


 その名はよく知っている。

 俺が前の家にいた時、しつこいくらい耳にした。


 どうやら、案件というのはそのタバーレス家に関することらしいが……確か、あそこって国内でも三指に入る大貴族なんだよな。


 家を出てから、そういったお付き合いはなかったが……さて、どういった用件なんだろうか。

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