第32話 水竜と地底湖

 グレゴリーさんに事情を説明し、了承してもらったあとで、俺は水竜シモーネを連れてダンジョンにあるツリーハウスへと戻ってきた。

 

 ただ、目的は家じゃない。

 その前にある――広大な地底湖だ。


「わぁ~……」


 俺の狙い通り、シモーネは地底湖に興味津々だった。


「これ……ただの水じゃない?」

「おっ? さすがに鋭いな」


 そこはやはり水の中で生活する水竜というべきか。この地底湖を満たす水が、周辺の魔石から流れ込む魔力を取り込んだ、いわゆる聖水であることに。


「こんな素敵な場所があるなんて……知りませんでした……」


 瞳を輝かせながら、シモーネは真っすぐに地底湖を見つめている。声は俺たちの方を向いていても、本能からか、視線は地底湖に釘付けとなっていた。

 その輝きが物語っている――ここに住みたい、と。


「あ、あの、ベイルさん。少しお話が――」

「いいよ」

「まだ何も言っていないですよ!?」

「この地底湖を新しい住処にしたいんだろ?」

「どうして分かったんですか!?」

「分からない方がどうかしているわよ」


 キアラが言う通り、シモーネは何もかもが分かりやすかった。

 

「い、いいんですか?」

「もちろんさ」

「…………」


 しばらく黙っていたシモーネだが、やがて何かを決意したように目を閉じる――と、彼女の体が突然発光を始めた。突然のまばゆさに何事かと戸惑う俺たちを尻目に、光り輝くシモーネはその姿を本来のものへと変えた。


 そう。

 ドラゴンの姿だ。


 まばゆい光が消え去った後、全身を青い鱗で覆われた巨大なドラゴンとなったシモーネを見上げながら、俺たち四人はポカンと口を開ける。


「で、でかい……」

「これが……ドラゴン……」

「す、凄いです……」

「まさかこれほどとは……驚いたのぅ……」


 それぞれ感想を口にする俺たち。

 共通しているのは想像以上に迫力があったってところかな。

 しかし、


「あ、あの……そんなに見つめられると恥ずかしいですぅ……」


 巨大なドラゴンの姿になっても、中身はシモーネのままだった。


「あ、ああ、ごめん。それより、地底湖に入ってみたら?」

「で、では、お言葉に甘えて……」


 ゆっくりと地底湖へその身を沈めていくシモーネ。

 正直、どれほどの深さかは俺たちも把握していなかったが――なんと、十メートル近くあるシモーネの大きな体が頭の先まで隠れるほどであった。


「お、思ったより深いのね、この地底湖」

「そ、そうだな……」


 キアラの言葉に、ついつい気のない返事を送ってしまう。

【ファンタジー・ファーム・ストーリー】の中で、地底湖の存在は明言されていても、どれだけ深いかなんて話は出てこなかった。そもそも、そんな情報はユーザーに全く必要のないものだし、省かれてもしょうがないとしか言えない。


「ず、随分と長く潜っていますね……」

「まさかとは思うが……溺れているわけではないのか?」

「えっ?」


 ハノンの言葉に、一瞬ヒヤッとする。

 そして、その焦りは徐々に大きくなっていく。


「お、おいおい! まさか本当に!?」

「溺れちゃったんですか!?」

「嘘でしょ!?」

「ヤツは水竜じゃろう? そんなはずは……」


 ――ない。

 と、思いたいが、いくらなんでも遅すぎる。


「シモーネ!」


 気がつくと、俺は地底湖に向かって走りだしていた。仮に、水中で溺れている今のシモーネを見つけてもどうすることもできないが、それでもジッとはしていられなかった。


 ……いや。

 なんとかできるかもしれない。

 落下してきたキアラを救った時のように、竜樹の剣の力を使えば。


 そう思って、俺は制止するマルティナたちの言葉を振り切り、シモーネを捜して腰まで水に浸かる場所までやってきた――そのとき、「バシャーン!」という激しい音とともに大きな水柱が発生する。


「とっても気持ちいいです~!」


 現れたのは水竜シモーネ。

 ……ちょっと先走りしすぎたか。

 まあ、無事で何よりだ。

 そして――この場所を気に入ってくれたっていうことについてもホッと胸を撫で下ろす。

 どうやら、また賑やかになりそうだな。

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