第30話 遭遇
逃亡していた竜人族の少女を発見すると、こちらの存在を知られないように音を立てず近づいていく。
巨木に背を預け、座り込んでいる彼女は俺の存在に気づいていないようだ。
先ほどは四人という人数だったが、今回は彼女が逃げだしたという行動から、俺が単独で距離を詰め、接触を図ることにした。
それでも逃げだしてしまう可能性はあるが……今できる最善の策は、もうこれしか残っていない。
ゆっくりと、ゆっくりと。
大きな音を立てずに近づいていく。
ある程度近づくと、彼女の顔がハッキリと確認できた。
自分でやっているのか、丁寧に切り揃えられた青色の前髪。その一方で、腰まで伸びる長い後ろ髪はまとめてポニーテールとしている。その髪型が恐ろしいくらいに似合っていたのだ。
そんなことを思っていた――まさにその時、
ぐぅ。
「!?」
俺は思わず腹を手で押さえた――が、自分の腹が鳴ったわけじゃない。待機している三人の音とも違う。距離がありすぎて、あんなふうにハッキリとは聞こえないだろう。
と、すると、
「あうぅ~……」
竜人族の少女の腹の音だったのだ。
「お、おい!?」
空腹のせいか、木の幹からズルズルと滑っていく背中。
目を閉じ、俺が大きな声をだしても反応しない。
まさか……空腹のあまり気絶?
そんなバカなと思いつつ、近づいてみると、
「……気絶してる」
本当に気絶していた。
なんてお騒がせな竜人族なんだろう。
とてもじゃないが、人を襲っている竜人族とは思えないな。ドラゴン形態の時はそれなりに巨体となるのだろうが、今はむしろ小柄な部類に入るサイズの女の子だ。
「こんな時に腹ペコで気絶なんて……何か、食べ物はないか?」
周囲を見回してみるが、果実のなる木は見当たらない。野生動物を狩るにしたって、その動物自体がいない。どうしたものかと悩んでいると、俺の脳裏にこの林道へ来る直前のマルティナとキアラの会話が浮かび上がった。
『うぅ……なんか、今になって急に緊張してきたわ……』
『だ、大丈夫ですか、キアラちゃん。お昼ご飯用にフレイム・トマトとサンダー・パプリカのピクルスを瓶詰して持ってきましたけど、食べますか?』
『緊張感があるんだかないんだが、どっちかにしなさいよ……』
そこで、俺は思い出す。
「そうだ! ピクルス!」
マルティナが持ってきているはずの冒険者メシ。
お手製のピクルスを食べれば、竜人族の少女も元気を取り戻すだろう。
俺はすぐに隠れているマルティナたちのところへ移動し、ピクルスを持って竜人族の少女のところへと戻ってきた。
「しっかりしろ! もう大丈夫だぞ!」
携帯用の小瓶に詰められた、フレイム・トマトとサンダー・パプリカのピクルス。
それを、抱き起した竜人族の少女の口元へと近づける。
「……っ!?」
意識はなくても本能で食べ物が近くにあると察した彼女はそのままパクンとピクルスを口にする。そして、
「おいひい!」
……たぶん、「おいしい」って言ってくれたのだろう。
少女は空腹を満たすため、未だ戻らぬ意識の中で必死にピクルスを求めて手を動かしている。俺はそんな少女に優しく小瓶を持たせてあげた。
すると、火がついたように勢いよくピクルスを食べ始める。
バリバリと音を立てながら、一心不乱に食らいついていた。
「よっぽどお腹が空いていたんですね」
「それにしても凄い勢いね……近くにいるベイルも一緒に食べられるんじゃない?」
「さすがにそれはないじゃろ」
いつの間にか、三人は少女を囲むように立っていた。
これならば逃げられないと踏んだ、息の合ったフォーメーション……すっかり仲良くなってくれて俺は嬉しいよ。
「はふぅ~」
感心していると、少女はピクルスを食べ尽くしたようだ。
さすがはドラゴン……小瓶とはいえ、結構な量があったと思ったのだが、一瞬に消え去ったな。
「ああっ!?」
満腹になり、一息ついた少女はようやく俺たちの存在に気づく――が、逃げ場がないと悟ると、途端にガタガタと震えだす。
「お、落ち着いてくれ。俺たちは君に危害を加えようとしているわけじゃないんだ」
「ほ、本当ですかぁ?」
「もちろん! あっ、俺はベイルっていうんだ。君は?」
「……シモーネです。水竜のシモーネと言います」
水竜……水属性ってわけか。
それにしても、ひどく怯えている……一体、シモーネの身に何が起きたっていうんだ?
その辺のことを詳しく聞いてみる必要がありそうだ。
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