第18話 再会

 王立ミネスト学園。

 名前だけは聞いたことがある――もちろん、【ファンタジー・ファーム・ストーリー】の中での話だが。


 この学園は名門で知られている。

 キアラの母親で、ゲーム内では何かとプレイヤーをサポートしてくれる魔法研究の第一人者スラフィンを筆頭に、優秀な人材が揃っているらしい。学園というだけあり、そうした優秀な人材の後継を育てる施設でもあった。


 ただ、ゲーム内ではその学園に入ることはできない。

 スラフィンと会うためには、決められた時間に彼女の研究室がある塔を訪れなくてはならない。


「あれが……その塔か」


 学園から見える高い塔。

 本来、ゲームではあそこに行くのだが……なるほど。学園の位置関係が見えてきたな。


「本当に綺麗なところですねぇ……」


 俺と同じくらい興味を抱いていたのはマルティナだった。


「マルティナは学園に来るの、初めてか?」

「えぇ。ああ、でも、父の仕事柄、王都へ来る機会は多かったので、遠巻きに見るだけでしたけど……」


 苦笑いを浮かべて言うマルティナ。

 快活な彼女らしからぬ、なんとも歯切れの悪い口調だった。

 それと、気になったワードがある――父の仕事柄ってヤツだ。


 マルティナの父親は、仕事で王都に何度も訪れている……ということは、各地を転々としながら仕事をしているってことか?

 

「? どうかしましたか?」

「いや……マルティナのお父さんってさ、何やっている人なんだ?」

「えっ? あぁ……商人みたいなものですよ」


 ここでも、やはりマルティナは暗い表情を見せる。

 ……どうやら、マルティナもまた複雑な家庭環境を抱えているようだ。思えば、あれだけしっかりした子が、単独で冒険者をやろうっていうのがおかしいもんな。


 まあ、家族関連で苦労しているといえば、俺だって――



「おや? もしかして……ベイルさんですか?」



 背後から、聞き慣れた声がした。

 振り向くと、そこにいたのは予想した通りの人物。


「ディルク……」


 神授鑑定の儀で神剣を授けられた従弟のディルクだった。

 ……ここに通っていたのか。


「なぜこんなところに?」

「所用でな」

「そうですか」


 学生服に身を包んだディルクは、周囲に男女入り混じった取り巻きと思われる学生を引き連れていた。その表情は自信に満ち溢れており、俺を見る目も昔とはだいぶ違う……まあ、充実した学生生活をエンジョイしているっていうのはよく分かったよ。


「聞きましたよ。家を出ていかれたようで……今はどこで何を?」

「畑を耕してのんびり暮らしているよ」

「畑? それってもしかして……農夫ってことですか?」


 半笑いで尋ねてくるディルクに、俺は「そうだ」とだけ答える。周りの取り巻き立ちとクスクスと小さく笑いながら、見下すような視線をくれた。

 

「安心しましたよ。どこかで野垂れ死んでいるのではないかと思っていましたから」

「その心配は無用だ。今のところ、衣食住に困ることはない」

「それは何より。おっと、そろそろ次の授業が始まりますので、この辺りで失礼させてもらいますよ。――もっとも、もう二度と会うことはないかもしれませんが」


 それだけ言い残し、ディルクは高笑いととともに去っていった。


「な、なんですか、あの人たち!」


 さすがのマルティナも、ディルクの態度にはご立腹だった。


「あいつは俺の従弟のディルクだ。神授鑑定の儀でいいアイテムをもらったんで、きっと特別待遇なんだろう」

「それでも……あれはないと思います!」

「もういいんだ。それより、せっかく来たんだからもう少し見て回ろう」

「……はい」


 腑に落ちないといった様子のマルティナだが――「もういい」と言ったのは本心だ。

 マルティナは俺のために本気で怒ってくれた。

 ただそれだけで、俺は十分に救われている。


 そんなことを思っていると、


「おまたせ~」


 キアラが戻ってきた。


「おかえり。レポートは提出できたのか?」

「もうバッチリよ!」


 少し重たい空気が漂っていた俺たちとは違い、キアラの表情はこれまでに見たことがないくらい弾けていた。

 話によると、レポートの出来がよかったと褒められたらしい。

 さらに、キアラから意外な言葉が発せられる。


「あっ、実は……ふたりに伝えなくちゃいけないことがあるの」

「「伝えなくちゃいけないこと?」」


 俺とマルティナに?

 一体何だろう。


「レポートについて、ふたりにも手伝ってもらったってママにも伝えたら、是非一度お会いしたいって」


 ママって……スラフィン・フォンテンマイヤーか!?

 ゲームでも屈指のお助けキャラとの邂逅――この機を逃す理由はない。


「それじゃあ、挨拶をしに行こうかな」

「わ、私も行きます!」

「ありがとう! ママもきっと喜ぶわ!」


 こうして、俺たちはキアラの母親であるスラフィンさんのいる魔法研究棟へ向かって歩きだした。

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