第17話 キアラの悩み

 マルティナとキアラ――ふたりとの生活が始まって数日。

 今日はいよいよキアラが学園に課題を提出する日だ。


「…………」


 当日の朝。

 キアラはそわそわと落ち着かない様子でツリーハウスと地底湖の間を行ったり来たりしていた。


「キアラちゃん……ずっと緊張していますね」

「踏ん切りがつかないって感じだな」


 パッと行ってササッと提出してくればいいのにと俺なら思ってしまうが、どうやらそうすんなりといかない事情があるらしい。

 だけど……こればっかりは俺たちにやれることなんて――


「あっ」


 ふと、ある考えが脳裏をよぎった。

 ……うん。

 あるかもしれない。

 キアラが落ち着いて学園に行ける方法が。

 そうと決まったら、早速キアラに提案してみよう。


「なあ、キアラ」

「っ! な、何よ!」


 深い思考の渦に取り込まれていたキアラに声をかけると、ビクッと体を強張らせながらいつもの調子でこちらへと振り返る。

 強気な口調だが、その瞳は不安げに揺れていた。


「学園には行かないのか? 例のレポートの期限って、確か今日までだろ?」

「うっ……」


 言葉に詰まるキアラ。

 行きたい気持ちはあるけど、一歩踏み出すことができない――どうやら、俺とマルティナが危惧した通りの状態らしい。


 だったら、尚更俺の提案はピッタリ合うんじゃないかな。


「心配なことがあるなら……俺とマルティナが一緒に行こうか?」

「えっ……?」


 想像もしていなかった提案だったらしく、キアラはポカンと口を開けて立ち尽くしている。

 

 このツリーハウスで一緒に生活するようになってから、キアラについてひとつ分かったことがあった。

 それは――あまり人付き合いが得意でないということ。

 なんというか……オブラートに包めば、不器用っていうのかな。

 でも、根はいい子なんだよ。

 最近だと、マルティナのダンジョン探索に付き合っているみたいだし、行動もだんだん前向きでアクティブなものに変わりつつある。間違いなく、ここでの生活がキアラ・フォンテンマイヤーという少女に好影響を与えていた。


 ――が、肝心の当人としては未だに自信が持てていないようだ。

 だからこそ、

 

「……いいの?」


 キアラは俺の提案を受け入れた。


「問題ないよ。ついでに新しく家畜を飼育していこうと思っているから、そのことをグレゴリーさんに相談しようと思って」

「それが本命じゃないでしょうね……?」

「と、当然だよ!」


 物凄い圧を感じる表情で睨まれたが、これは本心だ。

 キアラの助けになるよう、俺とマルティナでできることをする。

 

「そうと決まったらすぐに出発の準備だ。今から町へ行って、馬車を借りて飛ばせばお昼前にはつけるはずだ」

「そうね!」


 元気を取り戻したキアラは「レポートを取ってくるわ!」と言ってツリーハウスへと戻っていく。

一方、窓からこちらの様子を見守っていたマルティナに、俺はサムズアップで作戦成功を伝えたのだった。



  ◇◇◇



 ドリーセンの町へ向かい、グレゴリーさんに馬車を手配してもらうと、経験があるというマルティナが御者を務めて王立ミネスト学園へと向けて出発した。

 その道中、


「うーん……」


 俺は馬車の荷台で腕を組みつつ、声をあげる。

 それに対し、キアラが怪訝な表情を浮かべながら尋ねてくる。


「どうしたのよ、急に変な声を出して」

「いや、家畜を育てていこうとは考えているんだけど……何にしようか悩んでいて」


 とりあえず、鶏は確定している。

 あとは乳牛か山羊、豚や馬も必要か。

 竜樹の剣の特性を考慮すると、あくまでも作物栽培をメインにやっていきたいので、こちらの規模はそれほど大きくしようとは思っていないんだよな。それこそ、自給自足できる分でいい。


「動物の世話、ねぇ‥‥やったことはないけど、興味はあるわ。子どもを産ませて増やしていきたいわよね!」


 意外にもキアラはヤル気満々だった。

 俺としては嬉しい誤算だな。 

 てっきり、「私はパス」って軽くあしらわれると思っていたのだが。

 キアラと家畜談義をしていると、


「ふたりとも、王都が見えてきましたよ」


 御者を務めるマルティナが俺たちに呼びかける。

 それを聞いて正面に視線を向けると、高い城壁に囲まれた大都市が見えてきた。


 クレンツ王国の王都……いつ見ても凄い迫力だ。

 その王都の東部にある大きな時計塔の近くに、王立ミネスト学園の校舎――俺たちの目的地は存在していた。


「…………」


 キュッと自身の服を強く握るキアラ。

 全身から緊張感がこれでもかとあふれ出ているが……そんなキアラの肩を、俺はポンと優しく叩いた。


「リラックスしていこう」

「ベイル……」

「そんなに強張っていたら、うまくいくものも失敗するぞ?」

「……そうね。確かにそうだわ」


 キアラの表情にハリが戻る。

 どうやら、最悪の状態からは持ち直したようだ。

 


 俺たちはキアラの持っていた学生証のおかげで学園内へと入ることができた。


「本当に……ここまでついてきてくれてありがとう」


 改めてキアラからお礼を言われるが、俺とマルティナの返事は決まっている――「気にするな」だ。

 俺たちふたりに見送られながら、キアラはレポートを提出するため研究棟へと向かって走り出す。本当に、元気を取り戻してくれてよかった。


「私たちはどうしていましょうか?」

「ちょっと周りを見てみようか」

「はい!」


 この世界――【ファンタジー・ファーム・ストーリー】のヘビーユーザーである俺としては、ゲーム内に言葉だけ存在し、詳細な情報がまるでないこのミネスト学園というのはとても興味をそそられた。

 キアラが戻ってくるまでの間、マルティナと一緒にゆっくりと見て回ろうと思っていだのが……まさか、この判断があの出会いを引き起こすなんて、この時は予想もしていなかった。

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