第13話 克服
次は明日の12:00に投稿予定!
「もしかして……野菜は苦手か?」
「いや、嫌いというかなんというか……」
明言は避けたが、明らかに動揺の色がうかがえる。
野菜が苦手なのは確実だな。
「まあまあ、ひとつ食べてみなよ」
「えっ? で、でも……」
最初はためらっていたキアラだが、空腹には勝てず、トマトを摘まんで口の中へと放り込んだ。その感想は――
「おいしい!? なんでこんなにおいしいの!?」
満面の笑顔と賞賛だった。
「私がこれまで食べてきたトマトと全然違う……なんで?」
「環境だろうなぁ」
「環境って……何か特別な場所から入手したの?」
俺は無言で窓を指さす。
ウッドマンたちによって、購入したガラスがはめられた窓の先にあるのは、うちの農場だ。
「!? あれって畑!? ダンジョンに!? どうして!?」
さらに混乱するキアラ。
初見だとさすがに驚くよな。
普通、ダンジョンなんて人の住むような場所じゃないし。
――ただ、この地底湖のある空間は、ここへとつながる一本道に魔除けの植物を配置しているため、モンスターたちも寄ってこず、孤立した空間になっているが。
それと、野菜を食べたことに対しての追加効果がキアラに現れ始めた。
「! こ、これは……魔力が増えている?」
体の芯から湧き上がってくる感覚に、キアラは驚きを隠せなかった。
「今君が食べたのはフレイム・トマトといって、炎属性の魔力量を上昇させる効果がある」
「き、聞いたことがあるわ。一度も食べたことがなかったけど、まさかさっき食べたあれがそうだなんて――って、待って! じゃあ、あの畑にある野菜って!」
「フレイム・トマト同様、追加効果のある野菜ばかりだ」
「そんな……あのお母様が大陸中の農家にかけ合って直接仕入れようとしたけど、入手が困難であきらめたのに……」
「あと、その横にあるのは魔道具の素材にある花だな」
「そ、そんなものまで!?」
キアラの母親――魔法研究において世界的権威として知られるスラフィン・フォンテンマイヤーか。確かに、あの人なら研究という観点からも、この野菜は喉から手が出るほど欲しいものだろう。
「あなた……一体何者なの?」
「ただの農夫だよ。――このダンジョン農場を運営する、ね」
まあ、農場が軌道に乗れば、もうちょっといろんなことに挑戦したいという願望はあるけどね。たとえば、このダンジョンの探索とか。
それはさておき、野菜嫌いだったキアラはダンジョンで育った野菜を食べてそれをあっさりと克服。もうひとつのサンダー・パプリカの味も気に入ったようだった。
「こんなにおいしくて魔力も向上する野菜……市場に出せば引く手数多よ?」
「市場には出すつもりだよ。そのために、明日、この野菜をライマル商会のグレゴリーさんに食べて判断してもらうつもりなんだ」
「グレゴリーさんって、ライマル商会の代表の? ……商売に関しては厳しいみたいだけど、この野菜ならいくらあの人でも絶対に気に入ると思うわ!」
「ありがとう、キアラ」
「! べ、別に、私は客観的に見てこの野菜が高評価を得ると判断したわけであって、あなたのために野菜を褒めたんじゃないからね! きちんと評価した結果よ!」
「だったら尚更嬉しいよ」
「うぅ~……」
顔を赤くしながら目を伏せたキアラ。
ちょっとやりすぎたかな?
ともかく、キアラからも絶賛してもらってさらに自信がついたよ。
――さて、そろそろ肝心なことを聞いても大丈夫そうかな?
「なあ、キアラ」
「……何よ」
さっきのお礼がまだ尾を引いているのか、不貞腐れたような声だった。
それでも、俺は尋ねずにはいられない。
「どうしてあそこから落ちたんだ?」
「! そ、それは……」
ダンジョンの上には森が広がっている。
あまり人の立ち寄らない、深い森だ。
もし、キアラが偶然そこから落ちてしまったのなら、周辺に柵を作るなど対策を練る必要がある。
ただ、これは直感なのだが、キアラは何か目的があって、あの周辺にいたのではないかと考えていた。
「上の森で、何かを探していたのか?」
「!?」
露骨に表情が変わった。
なんて分かりやすい。
「……新しい魔法薬を作るのに必要な薬草を探していたの」
「薬草?」
「えぇ。学園の課題で必要だったから」
学園。
その単語は、確かゲームでもあったな。
「学園って……王立ミネスト学園か?」
「そうよ。知っているの?」
「……名前だけは、ね」
それはそうか、と俺は妙に納得していた。
というのも、キアラの母親であるスラフィン・フォンテンマイヤーは、その学園で魔法の研究をしているのだ。娘であるキアラがそこに通うのは必然の流れか。
――しかし、どうにもキアラの様子がおかしい。
かなり顔が強張っている……どうやら、切羽詰まった事情があるらしい。薬草を探して落っこちたってことは注意力散漫――つまり、相当焦っていた証拠である。
「……キアラ」
「何?」
「その薬草って、どんなヤツなんだ?」
「ランネロウという名前で、独特の香りを持つことから、香辛料の一種として用いられることが多いわ」
「ハーブティーとしても有名ですよね!」
「えぇ。個人的には、あの香りが好きで、よく飲んでいるわ」
「私も好きなんです!」
「そ、そうなの?」
「はい!」
妙なところで意気投合したふたり。
これをきっかけに仲良くなって――っと、それよりもまず優先させなくちゃいけないことがあった。
「その課題の提出日は?」
「い、一週間後だけど……」
「一週間……うん。大丈夫。なんとかなるかも」
「? どういうこと?」
「明日、グレゴリーさんへ野菜を届けた後、そのランネロウをうちの農場で育てよう」
「えっ!? で、でも――」
「深い森の中で、なんの手がかりもなく探しだすのは難しいぞ? それに……あの森をひとりでうろつくのは危険だ」
名家のお嬢様なわけだし。
……って、そういえば、特に護衛の人とかいないよな。
フォンテンマイヤー家の令嬢が単独行動なんて、ちょっと考えられないけど。
その辺の事情は、少し聞くのがためらわれた――が、キアラの言動でなんとなく、彼女が置かれている立場が厳しいということが察せられる。
それを救う手助けをしてやりたい。
俺は素直にそう思った。
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