第10話 大賢商グレゴリー

※次は19:00に投稿予定!





 大賢商グレゴリー。

 その名の肩書のイメージから、俺は知的なオーラ漂う人物なのではないかと勝手に想像していた。

 だが、今俺の前に姿を現したグレゴリーさんは、そんなイメージとはまったく違った。

 俺が抱いた第一印象は――「とにかく怖い」だった。

 いや、怖いなんてもんじゃない。

 正直言って、マルティナと共闘して倒したあのモンスターが可愛らしく思えてくるほどの人相だ。

 

 年齢は三十台後半から四十代前半。

金髪のリーゼントにいかつい顔つき。

左目は眼帯で覆われており、その下からは大きな傷跡がうかがえる。きっと、とんでもなく強いモンスターと戦闘した際に負った傷だろう。

 タンクトップからのぞき見えるあの二の腕の太さ……何をどう食って鍛えたらあんな風になるのか。もはや細胞レベルで俺とは何もかも違うって気がしてきた。

 

 異様な迫力を放つ大賢商グレゴリー。

 彼を前に、俺はなかなか話しかけられないでいた。

 元々、人と話すことが得意かどうかと尋ねられたら、間髪入れずに「苦手」と答えるタイプの俺だが……そういうのを抜きにしても、グレゴリーさんに話しかけられるヤツなんて――

 

「グレゴリー殿! お久しぶりです!」


 意外と身近にいた。

 マルティナはいつもの笑顔でグレゴリーさんへと近づいていく。

 それに気づくと、


「おっ? マルティナか。初めてのダンジョンはどうだった?」


 軽い調子で、フレンドリーな口調だが、声は予想よりも遥かに低く、そして重い。渋いといえば渋めのボイスだが、それより何より怖さが先行してしまう。

 

「それがその……情けない話ですが、モンスターを前にして恐怖してしまい、身動きが取れなくなって……」

「なんだと!? それでどうしたんだ!? ケガはないか!?」


 マルティナがダンジョンで苦戦した話をした途端、大きく取り乱すグレゴリーさん。

 あれ?

 やっぱりいい人……だよな。


「だ、大丈夫です。窮地に陥ったのですが……そこをこちらのベイル殿が助けてくださったんです」

「何……?」


 グレゴリーさんの鋭い視線が、こちらへと向けられる。

 その時、俺は自分が貴族――それも、この大陸では名の知れたオルランド家の人間であることを思い出した。

 まずい。

 直接の面識はないはずだが……もしかしたら、父上経由でグレゴリーさんは俺のことを知っているかもしれない。

 追いだされた身とはいえ、貴族の息子となったら対応もいろいろ変わってくるだろう。中には貴族っていうだけで毛嫌うヤツらもいると聞く。

 もし、グレゴリーさんがそうだったら――俺は息と唾を同時にゴクッと飲んで、グレゴリーさんの次の言葉を待った。

 

「君がこの子を助けたのか?」

「は、はい」


 何も悪いことをしていないはずが、なぜか尋問を受けているように錯覚してしまう。


「よくやってくれた、少年」

「い、いや、そんな……俺は当然のことをしただけですよ……」

「ふっ、謙虚だな。気に入ったぞ」


 丸太のように太い腕でバシバシと肩を叩かれながら、笑うグレゴリーさん。

 ……これは、好感触だな。

 今がチャンスかもしれない。


「あ、あの!」

「どうした?」

「実は俺……最近、農業を始めたんです!」

「農業?」

「え、えぇ! 農場を開いて、いろんな作物を育てようって!」

「ほう……」


 グレゴリーさんは俺の試みに関心を持ったようだ。


「最近の若い連中は冒険者やら騎士やらを目指すってことであちこち旅立ってしまってなぁ……担い手がいないという嘆きはよく聞く。だから、君のような若い子が挑戦してくれるのは喜ばしいことだ」


 なるほど。

 後継者不足か。

 農地も余るだろうし、これは深刻な問題だよなぁ……それに少しでも貢献できるようにしたいな。

 そんな将来図を思い描きつつ、本題へと移る。


「そこで栽培している作物を、ライマル商会で扱ってもらえないかと」

「うちでか?」


 俺の申し出に対し、グレゴリーさんは「ふむ」とだけ呟くと顎に手を添えて何やら思案を始める。いきなりすぎて図々しかっただろうか……とはいえ、この人の協力を得られるか得られないかで今後の展開が変わってくるんだ。


 しばらくすると、


「では、こうしよう。君が作った野菜を俺が試食する。その味に納得したら、うちが専属契約を結び、君の野菜をうちの商会で扱うとしよう」

「! ほ、本当ですか!」


 思わぬ返事だった。

 さすがに、ついさっき会ったばかりの若造相手に無条件で取り扱ってくれるなんて虫のいいことは考えていなかったが、これでも十分に大きなチャンスだ。


「だが、俺も商人としてこの辺りでは少し知られた身……味の審査については一切の妥協はしない。それだけは覚えておいてくれ」

「分かりました! ありがとうございます!」


 俺は頭を下げて礼を述べる。

 すると、そんな俺の肩をポンと優しく叩く者がいた。


「よかったですね、ベイル殿」


 マルティナだった。


「あ、あぁ……君にもお礼を言わなくちゃな」

「? 私は何もしていませんよ? むしろ、命を助けてもらった私がお礼を言わなくてはいけない立場なのに……」

「そんなことはないさ。ここまで案内してくれたし……君がいなければ、俺は前進できなかったはずだ」


 俺たちはグレゴリーさんが「その辺にしておけ」というまで互いに礼を言い合っていた。

 こうして、農業従事者となった俺に、ひとつの大きな目標ができた。

 グレゴリーさんを納得させる野菜づくり……やってやろうじゃないか。

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