ペナルティ

赤城ハル

第1話

 世界が白と黒とでチカチカする。目に悪い世界だ。

「しばらくすると慣れるよ」

 どこからか女性の声がした。

 するとその言葉通り、世界は白に近い灰色に統一された。

 ただ黒を強く認識すると黒に近い灰色になる。

「あんまりじろじろ世界を見ては駄目だよ。色を気にしては駄目」

 またどこからか女性の声がする。

「誰だ? ここは?」

「ちょっと待って」

 しばらくすると、目の前にいきなり女性が現れた。

 始めはぼんやりしていたがしだいに像がくっきりする。金髪碧眼の白いワンピース姿の大人びた少女が。

「誰?」

 俺はもう一度聞いた。

「俗に言う天使ね」

 少女は微笑んだ。

「天使? で、ここは?」

「天使っていうのは疑わないんだね。フフッ、ここははざまの世界。現世とあの世の間」

「どうして俺はここに?」

「分かっているでしょ。あなたは死んだの。だからここにいるの」

「死んだ……」

 思い出した。そう、俺は死んだんだ。ついさっき自分で……。でも、なんで忘れていたんだ?

「仕方ないよ脳がない限り、記憶は存在しないんだから」

 少女は俺の心を読んだかのように答える。

 でもそれより──、

「脳がない?」

 両手を頭に。

「その体は本物ではないわ」

「じゃあなんだって言うんだ?」

「それっぽいもの。鏡で体を見ると細部が違うのが分かるわ。まあ、鮮明な記憶がないんだから差違なんて分からないでしょうけど」

「で、どうして俺はここに?」

 少女は背を向けて歩き始める。腕を後ろで組んで。

 この世界は永遠に続く灰色の世界。

 どこへ向かうというのか。

 いや、ただ歩きたいから足を動かしているだけなのではないか。

 俺も少女の背を追う。

 地面がある。どこからが地面なのかどこからが空なのか分からない。

 もしかしたら階段をのぼるように動けば空を駆け上がることができるのか?

 試しに膝を上げてみる。

 そしてそこに段があるように意識して。

 しかし、足は地面に着いた。

 残念ながら段はなかった。

「残念でしたわ」

 少女が背を向けたまま明るい声を発する。

「で、どうして俺はここに? 天国には行けないのか?」

「きちんとゴールしてないから」

「ゴール?」

「人生のね」

「じゃあもう一回、やり直せるのか?」

「無理無理、人生一回きり」

 アハハと少女は笑う。

 そしてターンしてこちらに振り向く。

「でも君にはチャンスを与えよう」

「異世界転生か?」

「残念。転生ではないの。別世界に行ってもらうわ」

「異世界転移か!」

 少女は首を右へとゆっくりと曲がる。すると目線も右へと動く。

「……まあ、そんなところかな」

 どこか歯切れ悪く少女は言う。

「その異世界で俺は何をすれば? 魔王討伐か?」

「残念だけどファンタジーではないんだよねー」

「ん?」

「現実世界そっくりな世界。でも明らかに異端な世界。そしてあなたはそこで生活をするの」

「それだけ?」

「あら? 簡単そうに見える? 現実で自殺したあなたが、現実に似た世界でどう生き延びられるのか。楽しみね」

「現実に似た世界?」

「そう。似ているけど違う世界。とても怖ーい世界」

 少女は俺を怖がらせるように言うが、その言い方だと全然怖くはない。

「それに生き延びられるっていうのは?」

 その質問に少女は一度口端を伸ばし、

「あなたは不幸だったけど小さな幸せを噛み締めるべきだったの。これはそれを知るための試練。いえ、ペナルティ」

 そして話は終わりだと言わんばかりに少女の体が白く発光し始める。

「なんだよそれ!?」

 抗議の声を上げるも、それを遮るように光は強くなり、俺は目を瞑るだけでなく腕で顔を覆う。

「きちんとゴールしてね」


 風を切る音がした。

 次に爆発と破裂音。

 焼き焦げた匂いがする。

 俺は腕を下げ、目を開けた。するとそこは戦場だった。

 現実を理解し始めていると兵士の一人に強く引っ張られた。

「何ぼさっとしている。てか、お前一般人か?」

 俺は半壊した建物の裏手に連れて行かれる。

「え? あ? 少女は?」

「しっかりしろ」

 おもいっきり頬を叩かれる。

「いて?」

「いいか。すぐに逃げろ。今すぐにだ。分かるな?」

 兵士がまた頬を打とうする動作を取ろうとするので、

「ああ、分かった。で、どこに逃げれば?」

「東へ行け! はや……」

 兵士は言葉を途中で止める。そして自身の胸元を見る。

 そこには––––。

「あ、あああ、ああああ!」

 赤黒い触手が兵士の胸を貫通していた。

 そして触手は兵士を引っ張り、先程いた表へと。

 俺はおそるおそる表を見る。

 そこには触手の化け物が、兵士を食っていた。

「うっ」

 俺は口を押さえて、急いでその場を去る。

「なんだよこの世界!」


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ペナルティ 赤城ハル @akagi-haru

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