ゴールからのリスタート

足袋旅

カクヨムコン 10題目 ゴール

 悔いの多い人生だった。

 病院のベッドの上で、家族に囲まれながらも私はそんな風に考えていた。

 走馬灯が過った後、人生の岐路を振り返っての感想だ。

 あれはこうすればよかった。あんなことをしなければと後悔することばかり。

 

「お父さん」「お爺ちゃん」


 呼び掛けてくる息子と孫の声がもはや遠くに聞こえる。

 私はこれからどうなるのだろうか。

 意識が途絶えて終わるのか。

 または死後の世界があって、天国と地獄のどちらかに行くのか。

 はたまた転生して新たな生を歩むのか。

 長生きはしたものの、死ぬ瞬間はどうしたって怖いものだ。

 あぁ、意識が遠のく。もう何も考えられ…な……い……。



 温かい。

 お風呂に浸かっているような気持ち良さだ。

 安心感に包まれている。

 ここは天国だろうか。

 だが目も鼻も利かないのはどういうことか。

 微かに誰かの声が聞こえる。

 神様だろうか。


『私はどうなるのでしょうか。叶うならば教えてください』


 声が何故か出せないため、願いを心に浮かべた。

 だが返答はない。

 まあいいか。心地良さに身を任せよう。

 そんな風に気楽に考えて揺蕩う。


 ブシッッ


 おっとくしゃみが出たようだ。

 あの心地よい場所はどこにいったのか。あの安心感はなくなっている。

 仰向けに寝た状態のようなのだが、視界の端に木の柵がある。囲まれているようだ。

 むう、動きにくい。起き上がろうとしたが身体が上手く動かない。


「だああー」


 よっこいせと言ったつもりが言葉にならなかった。

 なんだこれは。

 口に手をもってこようとしたが手が短いのか口まで届かない。

 だが視界には映った。

 短くて小さくてぷにぷにと肉付きのいい手が。

 ………。


 転生か。



 死んで転生する話は生前にたくさん読んだから把握も早い。

 そうなると気にかかるのは異世界かどうかなのだが、どうだろう。

 木の柵の奥に意識を向ける。

 はぁーー。

 現代のようだ。

 つまりは異世界ではなく、地球で生まれ変わりか。

 ロマンがない。


 まあ生まれ変わった後で文句を言っても仕方がない。

 今考えるべきはどんな人生を歩むのかだ。

 乳児期から意識を持っているのならばチートっぽい振る舞いができる。

 前世は何事も無難な人生だったからな。

 今回は珍しい体験を出来るような職業に就くことを目標としようか。


 なんて考えていると意図せぬうちに下が出た。つまりはうんちだ。

 まあ赤子だからな。仕方ない。だが尻が不快だ。

 ここは赤子らしく泣いて親に知らせねばな。


 んぎゃああああああああああああああああああ


 これだけ叫べば父か母か、どちらかは来るだろう。と待っていると女性が慌ててやってきた。


「はいはいはい、どうちまちたかー」


 エプロンを着け、ショートヘアの平凡な日本人顔の女性だ。

 周りの家具から予想はしていたが、やはり日本か。そこはまあ外国語を一から学ぶよりは助かるというものだ。

 だがこの女性。なにやら見覚えがあるような………………母さん?

 いやまさか、そんな。

 だが他人の空似にしては面影があり過ぎる。

 良く知る顔よりは若いが、それは私が赤子だということを考えれば当然の事。

 これは転生ではなくループだというのか。

 ま、まあそれでもいいか。予定は変わらない。

 前世よりも凄い技術を体験してみたかったという願望も無きにしも非ずだったが、後悔ばかりの人生をやり直すチャンスが巡ってきたと思えばいい。

 懐かしき母におむつを替えてもらいながら、私は将来の展望を思い描くのだった。



 数日が経ったのだが、暇で暇で死にそうだ。

 起きている間にすることが無さ過ぎる。

 寝て、起きて、乳を吸うの繰り返しばかりで飽き飽きする。

 テレビを見せてくれ、ネットを見せてくれ、本を見せてくれ。

 娯楽が欲しい。

 こうやって思考するだけというのが苦痛で仕方ない。

 何も考えないでいた方が楽というもの。

 というわけで思考を投げ打って日々を過ごすことが多くなった。

 ループにおける優位性を捨てるような行いだが、少しくらいは問題ないだろう。



 日々を過ごす中で気づく。

 前世のことがあまり思い出せなくなっている。

 私は何歳まで生きたのだったか。


 私は老後どこに住んでいたのか。


 私に孫はいただろうか。


 私は結婚していただろうか。


 私の就職先はどこだったか。


 私は大学に通っていたか?高校は?


 記憶が消えていく。







「あっ、デジャビュだ」

「ん?」

「今の状況」

「ああ、それって錯覚らしいよ。似たような体験を同じことがあったって錯覚するんだって」

「そうかなぁ。こんなに状況が一致してるって思えるのに」

「だから錯覚なんだろ」

「まあそうか」



 人類は、いや世界はループし続けている。

 だが誰も気付かない。気付けても証明できない。だから同じことを繰り返す。

 メビウスの輪のような世界を走り続ける私たちにゴールはない。

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