3日目 初めての探検 後編
「人数は?」
『……一人』
「どんな格好?」
『……ボロ布みたいな……フード付きのマントみたいなのを何重にも重ねてる』
「……距離は? 結構近い?」
『……まだ距離はある……なんだコイツ……なんか……』
「警戒はすべきだけど、敵か味方かそもそも話が通じるかもわからない。とりあえず今は見送ろう。そのままの位置で、隠れたままやりすごして」
『…………わかった』
高橋の返事の歯切れが悪い。
第一村人――村人としよう――との遭遇に緊張するのも分からなくもない。
ましてやこの世界での人との遭遇だ。そいつは友好的かもしれないし、突然襲ってきたりするかもしれない。
何で僕ではなく高橋なのだろう。
風音と草葉の擦れる音にのって、僕の居る位置にもようやく村人の足音が聞こえてくる。ちょうど今、高橋を横切る位置だ。
霧が濃くなってきている。
うっすらとうかがえた村人の姿は、高橋の言う通りの風貌だった。
シルエットからは男か女かは分からないが、背丈は子供のようにも、老人のようにも思える。
ボロ布のマントは布の切れ端を何枚も重ねて拵えたものらしい。アニメや漫画に出てくる魔法使いが身に着けるもののようにも見えるが、そのディティールは呪術師といった、少し禍々しさを感じる職業の方がしっくりくる。
腰から棒のようなものが生えている。よくよく目を凝らしてみると弓だということが分かった。弦は張っていないようなので、狩りの帰りだろうか。
他にも何か特徴は無いか探したものの、濃い霧と隠れたままの姿勢ではこれ以上は分からない。仮に見えたとしても、得られる情報には限度がある。
手っ取り早いのはこちらの正体を明かし、対話を試みることだ。
会話が通じない、または突然襲われても、いざという時には高橋を置いて扉をくぐればいい。置いていくことに罪悪感はあるが、ついてくると言われたときに覚悟していたことだ。
僕はきっと、いつか高橋を使い捨てる。それも最悪の形で。
もとより異世界の探検は一人で行うつもりだったし、緊急時には致し方ない処置だ。
これ以上近づかれてから姿を現しては、待ち伏せされたと間違えられかねない。
目標とするのは対話、そうでなくても意思の疎通。出会いは自然でなければならない。偽装のために体を覆っていたマントを脱ぎ棄て、ゆっくりと立ち上がる。
村人がこちらに気付き、歩みを止める。
さて、なんて声をかけるべきか。
こんにちは? それともハロー?
相手を刺激しないように一歩ずつ歩み寄る。
少しでも身構えようものなら、いつでもこちらは歩みを止める。
手は心臓の位置より低く、ゆっくりとした動作で右手を上げる。
「こんにち――」
呼びかけようとしたその瞬間。
高橋が急に立ち上がると、村人を背後から組み伏した。
※
「――――!」
小さな叫び声だった。
薄靄の向こうで、高橋と村人が組み合っている。
タオルか羽織っていた迷彩柄のマントか、何かを顔に巻き付けて、高橋が村人にマウントを取っていた。
あまりにも突然の出来事で、僕といえば立ち尽くしたままその光景を眺めることしかできない。それはあまりにも不意打ちで、これではまるで山賊や追剥の手口だ。
「……いやいやいやいや、ダメでしょ! ちょっと高橋何してるの?!」
我に返って高橋を止める。
こうしている瞬間も高橋は村人に馬乗りになって、必死に押さえつけようとしている。
呪術師を思わせるマントを剥ぎ、村人の素顔を露にする。
白銀の髪に色白の肌、整った顔立ちはいつかネットで見たことのある、西洋人形を彷彿させる。下手なコスプレや何かでは表せない一体感はおそらく生来の物で、それが作り物でも、間違っても日本人ではないことが分かる。
年のころは僕らと同じくらいか、やや幼めか。
力では高橋が優るようで、両手を片手で押さえつけられたまま、少女の首元から腹部が露になる。マントと同じような、粗悪そうなボロ布の服。空いていた片方の手が少女の首元に伸びていく。
「……は? はぁ?! 高橋、何を――」
――ビッ!
首元の部分から腹部にかけて、まるで紙を割くように、高橋が少女の服を裂いた。
少女が悲鳴を上げる。
霧の中、人間とも動物ともどちらにも思えないような声が響く。
服の下から少女の胸が露になる。顔と同じく色素の薄い肌に、やや小ぶりな胸が揺れて見えた。
「ヒト……人間じゃん! 高は……ッ!」
高橋を一瞥し息をのむ。
本当に、彼は高橋なのだろうか?
数日ばかしの付き合いだが、少なくとも高橋という人間は脈絡もなく女子を襲うような人間では無い。
例え異世界に来たとしても、この変わりようはあまりにもおかしい。
鈍い音がした。あまり聞きなれない音だ。
少女に馬乗りになった高橋が、少女の顔を、殴った。
叫び声は止み嗚咽に代わる。
何かがちぎれる音がした。
腰に手を回し、ククリナイフを手に取る。
ミリタリーは詳しくないが、なんとなく軍隊の人が持っていそうな色をした、片刃の大ぶりなナイフだ。もともと藪を断つように作られたもので、先日の準備の際、高橋のアドバイスを受けて買ったものだ。
ひとしきり少女の反応が止んだのを確認した高橋は、下半身に手を伸ばす。
僕のことは一瞥もせず、ただ目の前の少女を見つめている。
その狂気に染まった所業、その異常さに、この異世界が及ぼす影響は少なからずあるのかもしれない。
「――それでもダメだね。許せない」
高橋の首を狩る形で、僕はククリナイフを振るった。
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