3日目 初めての探検 中編

「情報が必要だ」

 扉の向こうに足を踏み入れて数分経った後、高橋の提案で僕たちは一度元の世界に戻った。蔵に戻ると高橋はおもむろに紙を用意してくれと言い、扉の向こう側――エントリーポイントとでも呼ぶか――から見えた内容を書き記していった。

「……地図?」

「そう、地図だ。あの広さ普通じゃない。絶対に迷うし、なんか嫌な感じがした」

 A4のコピー用紙の中心に大きなマルが書かれ、その周囲を囲むように見えたものを書き記していく。

 霧の向こうに見えた森、天までとどくような山、先日来た時には見えなかったが、霧の切れ目の先に集落と、そこに続く道のようなものも見えた。

「なんだ……何なんだよアレ、本当に異世界じゃないか!」

「異世界って言ってなかったっけ?」

「日下部が淡々としすぎなんだよ……もっとこう……警察とか政府とかそういうところに見てもらえって! こんなの学生二人で探検しようってのがおかしな話なんだ!」

「僕はもともと一人で行こうとしてたんだけど……それと」

 腰に装備したククリナイフに手を添える。

「言うかよ……誰にも言わない。そういう約束だもんな? だから俺らでなんとかできるように整理するんだよ!

 日下部はゲームとかやったことあるか? 子供のころ森で遊んだことは? 草原って実際に見たことあるか? 俺は初めて見た。あんな暗そうな森初めて見たよ。草原だって原っぱってレベルじゃない……あそこをそのまま歩くのはヤバイ。何か作戦を立てないと、見つかる」

「……何に?」

だ。今は何もかも分からない」

 勇み急いで有事の際は囮にする。そのくらいに考えていたのに、高橋は思った以上に慎重だった。ここまで慎重姿勢を見せられると、当たってくだけろな方法も悪くないと思ってくるが、彼の言うことには一理ある。

「じゃあ、今日は情報収集に努めようか」

 しかしそれだけでは心もとない。

 折角の決行日、僕は一瞬でも長くあの世界に留まりたかった。


 ※


 エントリーポイント付近は何かの遺跡のようで、ヨーロッパ建築に見れるような白亜の石柱が所かしこに立ち並んでいる。倒れたものも多く、かつての建物は大半は瓦礫と化し朽ちつつあるため、異世界入り直後に身を隠す場所は無いに等しい。

 遺跡の規模は大きいと思われるが、風化と草原化が酷く、全体像を把握することが出来ない。つまり、身を隠す場所がまるでないのだ。

『この霧っていつもこんな感じなの?』

 トランシーバー越しに高橋の声が聞こえた。

「知らない、前に来たときもこんな感じだったけど」

『――押すの遅い。一秒間しっかり押してから話し始めて』

「……分かんない。前も同じだった」

 エントリーポイント周辺、遺跡と草原の境目、窪地に僕は座り込み、迷彩柄のポンチョを纏っている。

 手には双眼鏡とトランシーバー。現在位置の逆側に高橋がいて、何か新しい情報が得られないか待機している。

 時折吹く風と、霧の切れ目が今の僕たちができる最も安全な情報収集なのだ。

『時間になった。移動しよう。今度は集落側を頼む。俺は山側を見る』

「山側ってそんなに重要?」

『集落側ほどじゃないが、野生動物ってのは山から野に下るんだ。あと、集落に人がいるならこの遺跡を挟んで山に行くはず』

「大事ってことね。じゃあ任せた」

 理屈っぽい物言いに対して、結論をぴしゃりと投げつけると、それ以上返してくることは無かった。なんとなくこの数日間で高橋の人となりが理解できた気がする。

 引き続き警戒すべきだが、異世界と扉のことをとりあえずは騒ぎ立てするような奴ではないらしい。

 準備は慎重を重ねるが、言ってる知識が正しいかの判断が僕につかないのが残念である。騙し貶めるような意図の発言は今のところ感じない。

 短絡的ではなく楽観もしない。この世界に入ってからは、むしろシンパシーに近いものを感じた。


 普通、異世界なんてものを見つけたらどうする?

 棒切れでも見つければ勇者気取り、集落を見つけては立ち入る。

 そんな風にならないだろうか?


 私は違う。そして彼も違った。

 なんとなしにこの世界に漂う異質な雰囲気を察知し、準備を重ねた。

 その反応は、その共感は、きっと何事にも代え難いものだろう。


「集落側に移動完了。そっちは?」

 相変わらず霧は濃く、集落方面とは言ったもののそれが本当に集落なのかはわからないままだ。今も霧に映し出される形で影が映り込み、その輪郭だけが霧に映し出されてている。

 ――ブッ。

 無線機から耳障りな音が聞こえる。一度ではない、何度も、ブツブツと途切れるように。

「……ごめん聞こえない。もう一回お願い」

 焦ってボタンを押せていないのか、微かな話声が高橋の居る方から聞こえてくる。

 ……嫌な雰囲気だ。いったい何を見つけたというのか。

『……人だ、山から人が近づいてくる、足音がする』

「それ、本当に人?」

 第一村人発見などと諸手で喜べない。

 ここがどのような世界かはわからないが、これで確信に変わった。

 ここは何もない空間ではない。ましてや僕たちが見ている夢でもない。


 ここは……異世界だ。

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