後処理

 天奈が青田を連れて向かったのは、バルとも思えるウッドテーブルを中心に据えた、雰囲気溢れる店だった。天奈は当然のように予約しており、案内された席は観葉植物に囲まれた“特別さ”を感じさせる一角にある。

 隠れた名店の中で、さらに隠された一席――そんな雰囲気を察することが出来るなら、それだけで緊張してしまうだろう。

 だが、しっかりと“装備”を固めてきた青田はまったく躊躇う様子も見せず、逆に椅子を引いて天奈を先に座らせる。

 完全に青田のペースだった。しかも天奈にはそれに抗う術がない。なまじ、自分の装備を固めたために、天奈は逆に身動き取れなくなっている。

 そのまま青田は「自分こそが主人ホストだ」と言わんばかりの態度で――日頃から異様に姿勢が良いこともあり――ウェイターもメニューを天奈から渡してしまった。

 だが、それを天奈から訂正を訴えるのもおかしな話だ。

 一方で青田はそれを当然のように受け入れメニューを開く。

「何でも、好きなものを」

 そこしかタイミングがなかったのだろう。天奈が声を掛けると、やはり真っ直ぐな姿勢のままの青田はこう答えた。

「もちろん、そのつもりです。しかし迷いますね。先輩のお財布にそこそこダメージを与えつつ洒落で済ませられる金額設定。何しろ俺は志藤先輩から洒落には向いてないと注意されたばかり」

 あまりの情報量の多さに、天奈はそれを一瞬で処理出来ない。

「――ああ、これが良いですね。イベリコ豚のベーコンのボイル。マスターゾ添え。価格税抜き五千三百円。なかなかですね。せめてパンぐらいは付けたいところですが」

「……どうぞ」

「なんにしろ、このメニューだと素早く口に放り込むことが出来そうだ――では、それも合わせて手早く片付けましょうか。先輩があの『短編』の存在に気付いたのは、山形先輩経由ですね?」

「ちょ、ちょっと待ってくれる?」

 とうとう――天奈が音を上げた。これ以上余裕のある振りを続けていても、青田にそれは通じない。それがようやく理解出来たらしい。

 もちろん青田は、そんな天奈の変化に構うことはない。

「ああ、食前酒が必要なんですね? グラスワインでも? 先輩の年齢はこの店の方もご存じでしょうが、その遵法精神を無視できるような影響力をもっている、と。俺はもちろんいりませんよ」

「とにかく――私にも選ばせて」

「どうぞどうぞ」

 確かに理屈だけを言うなら天奈は青田の話を聞きながらでも、注文することは可能だろう。しかしそれでは、天奈は青田の説明を処理出来ない。

 だからこそ、再び口を開こうとした天奈であったが……

「となると、先輩だけは飲み物を頼んで、その点でもマウントをとる気でしたか――それでは俺も珈琲ぐらいは貰おうかな。お冷やでも構いませんが……すいません」

 どうぞどうぞ、と言いながら青田は天奈を尊重するつもりはないようだ。許可も得ずにウェイターを呼ぶ。

 そこまでされて、天奈はようやく理解した。

 青田はかなり怒っているらしいと。その理由を探すなら――

「……ええ、このメニューと。ああ、パンは付いてくるんですね? バゲットかぁ……それと珈琲を二つ。豆を選んだりは? ああいえ、そこまで詳しいわけじゃ無くて――そう格好を付けました。それではそれでお願いします」

 天奈が理由を探す――いや、その理由を受け入れようとしている間に、青田はさっさと注文を済ませてしまった。本当にホストのように。

「それでは俺の説明の続きを――」

「その前に教えて。何故いきなり説明が始まるの?」

「先輩は、どこまで俺が推察しているのか知りたいのでしょう? それをいちいち先輩の質問に答えて詳らかにしてゆくのは効率が悪い。時間もかかる」

「……わかったわ」

 もはや天奈には抗いようが無い。そして青田には「容赦」がなかった。

「第一話の特異性は、あの時説明したとおりなんですよ。あの話で先輩は山形先輩にしっかり嫌われている。それをそのままにしたのは古門に『自分でやっている』と思わせるためか、あるいはミスリード紛れを植え込むためか。だが確定出来るのは、御瑠川先輩と山形先輩に繋がりがある、ということだけ……俺の予測では山形先輩から先輩への自慢があった。下校アナウンスにかこつけて、何があったのか。そして彼女が出来たことを自慢しに行った。この辺りの蓋然性が高いように思われます」

「そうね」

 どこか投げやりに天奈はそれを肯定した。

「それでどこまでの情報を先輩が新しく入手したかはわかりませんが――

 ――一つ、御瑠川天奈を中心にして学校が動いていること。

 ――二つ、それを誘導するためにうってつけの物語の作り手がすでにいること。

 ――三つ、使い勝手の良い『探偵』が存在していること。

 ……とまぁ、これだけの条件が揃えば、見えてくるものがあります」

 と、このタイミングで珈琲が届いた。

 テーブルに置かれた濃緑の二脚のカップ。それを天奈は反射的に持ち上げる。そして当たり前に青田はそれに反応を示さない。


「もっとも、誰でも気付くでしょうね。あの『短編』は学祭を盛り上げるために編まれたものだと」

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