招待
学祭が終わって数日後――
文化センター「やすらぎ」に位置する図書館では、いつもと変わらぬ青田が机の上で判例集を広げていた。それが青田の放課後、そして日常でもあるのだ。
その青田に近付く、同じ越谷高校の女生徒がいる。その背は高く、髪型はセミショート。背の高さによって目立つことを嫌がったのか、髪型については個性を抑え目に、という意図が見えるようだ――彼女のコンプレックスを知っていれば。
セーラー服でありながら灰色が基調である越谷高校の制服は、彼女にとっても願ったりなのではないだろうか。それはあるいはボタン無しの学ランを着ている青田に通じる思いであるかも知れない。
だが青田に近づく奈知子の表情は険しい。いや、表情の選択に迷っている、とした方が近いのかも知れない――
「――青田くん」
呼ばれてすぐに青田は顔を上げた。そして、すぐさまこう告げる。
「ここに古門が現れた……と言うことは、どうやら懲りていないらしい。
「あ、でも……そんなに込み入った話じゃ無くて」
「副会長――もうすぐ“元”だが、その使いというわけだな。ではそれだけで済ませるか?」
その問い掛けに、奈知子は唇を噛んで首を横に振った。
「では、図書館前のスペースにしておこうか。確か、あの場所をモデルにして『談話スペース』なんてものが出てきたはずだが」
青田はさっさと段取りを決めると、その場に判例集を広げたまま扉へと向かう。奈知子は慌ててそれを追いかけた。
実際には壁に沿って、おざなりにベンチが置かれているだけ。部屋でもなく、ただ図書館前の廊下であるだけ。「談話スペース」とは、そのぐらいの場所だ。
青田はさっさとベンチに腰を下ろし、奈知子は青田を見下ろすように、立ち尽くしたまま。
仕切り直した意味はあまりなかったらしい。
「――それで、志藤先輩との仲は変わらずか?」
そんな奈知子に青田はさっさと踏み込んだ。
「あの『短編』に背の高さについての描写がないことが、そのまま先輩への恋心の発露なんて理屈は無いからな。そこで俺は先に“そうであるかのように”規定させてもらった」
息を呑む奈知子。
まさにその点が、奈知子の判断を惑わせていたのだから。
「……何の……いえ、それは……」
「古門と先輩のカップル成立と言うことで、強引にあの場を収めなければな。そうしなければ――そうだな……我ながら酷いことになりそうだ」
青田は首を傾げる。
「そこで俺は古門を犠牲にして、あの場を凌いだと言うわけだ。だが俺は俺で『鵯越』として、いいように扱われていたんだ。ここは痛み分け、と両方が納得すべきだと俺は思うが?」
「そ、それは、うん。私もそれで良いと思う。どっちかって言うと私の方が悪い気がするし……そうね。私は肝心な事を忘れていた」
そこで奈知子は居住まいを正す。
「ありがとう、青田くん。それにごめんなさい。勝手にモデルにしてしまって。それでその……」
「ふむ。先輩と交際を始めることは出来たようだな」
先回りする青田の確認に、奈知子の頬が赤く染まった。
「……となれば、この場に二人揃って現れると踏んでいたんだが。これは予想を外したか」
「先輩は……一緒に行こうかと言ってくれたけど、それは私が断ったの。そうしなければいけないと思って」
それを聞いた青田が心持ち顎を持ち上げた。
「――失礼。古門のことを見誤っていたようだ」
「ううん。それはもういいの。本当に痛み分け――っていうか、私はその……幸せだし」
それ聞いた青田は、素直に頷く。
「だからこそ青田くんと御瑠川先輩の事は気になって……その……何だかそういうことになってしまって」
「ああ。どうやらその点でも俺は見誤っていたらしい。まさか、これほど御瑠川先輩が俺にこだわるとはな」
青田の言葉はまったく繋がっているように思えなかったが、事情を知る奈知子にとっては、それだけで色々察することが出来たようだ。
「あの……やっぱり全部わかってるんだね?」
「古門が現れたことで、俺の推察はまず間違いなと確信が持てた。となれば“そちら”にもお礼してもらわなければバランスが悪いように思う。いや、それを言うなら俺は一つも回収してないのか。損したわけではないが……」
「御瑠川先輩は“お礼がしたい”って」
「名目上はそうなるだろうな。それに実質的な表面上も、そう装うぐらいのことはするだろう」
それを聞いて、奈知子は確認する。
「大丈夫なの。何か不思議なツテがある人だし、あんまりやり過ぎると……」
「あれはな。プライドで自分を縛り付けるタイプだ」
だから大丈夫――と言うことなのだろう。諦めたようにため息をつく奈知子だったが、ふと思い出したように、改めて話し始めた。
「ああ、その“大丈夫”で思い出したけど……先輩ね。志藤先輩」
「うん?」
「『ノミの洒落についてはまったく大丈夫じゃ無かった。あとで青田を締めないと、アイツが恥をかく』……って、これどういう意味」
それこそが最大の誤算だったのだろう。
何しろまず、そのようにダメ出しされることがまったく青田の誤算であり、そしてこれから「誤算」に併せて「ノミの夫婦」ついても、解説しなければならないのだから。
――それを済ませ、青田はようやく御瑠川天奈の申し出を聞く。
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