軍師[志望者]vs黒幕[志望者]

パワードレッシング

 越谷高校の生徒が「街に行く」となれば、自然と目的地になる、とある駅前。秋がいよいよ深くなっていくことを示す様に、黄金に輝く銀杏の木の下。

 御瑠川天奈は、そこにいた。

 百六十ほどの身体を包むのはライトグリーンにドット柄のワンピース。その上からショート丈の白いコート。そして朽木色のスカーフで、そのコーディネートをシックにまとめていた。足下は些か大きめ、そしてダークブラウンのブーツ。

 ブーツは未だ高校生である、天奈の年齢に相応しい装いなのかも知れない。

 だが施された化粧は少し濃く。午後の日差しを受けて輝くスティックイヤリングは、丹念に梳られた彼女のショートに映えていた。

 そしてとどめに光沢のあるピンクのハンドバッグを両手で揃えて持っている。

 ここまで入念に準備された天奈の美貌は、まさに周囲を圧倒しているのだが――それでも、声を掛けられないということはない。

 今も砕けた出で立ちの男が熱心に声を掛け続けていた。天奈はそれを徹頭徹尾無視しているにも関わらず、まったくめげたところが見られない。

 男はかなりの身長の持ち主で、やがて天奈に覆い被さるように――そして胸元の金のネックレスを見せつけるようにして、さらに熱心に声を掛け続けていた。その表情も険しくなっている。

 周囲がそれを遠巻きに、チラチラと見つめていた。

 だが誰も一歩を踏み出せない――いや。

 ウイングチップの名称そのままに、軽やかな足取りで天奈に近付く男がいた。

 そのまま視線を上げてゆけば、モヘアスーツで一揃え、そしてチャコールグレイで控えめに纏められた男の出で立ちが目に入るだろう。

 だが控えめなのはそういった全体的な印象だけであって、ゴージラインは限界まで高く。しかもワイドであり、その上ピークドラペルだ。そこから導き出される印象は、やはり「傲岸不遜」。

 ネクタイとトライアングルに折られたポケットチーフの柄は、イエローチェックというお行儀の良さが、その印象を和らげることになるのか。

 何しろその男は、キッチリと七三に髪を撫で分けている。それがあまりにも整いすぎているので、これもやはり印象としては「慇懃無礼」になるのでは無いか。

 何とも「青田」相応しい――そう、言うまでも無いが天奈の元に近付いて行く男は青田なのである。

 確実に場違いさを感じさせる出で立ちに、天奈に声を掛けていた男は呆気にとられ、それは天奈も同様だったのだろう。

 今までまったく動かなかったその表情に変化が見られた。

「あ、ああと……君はあれか? このの彼氏か?」

 本能的な危険を感じながらも、今まで天奈に費やした時間が惜しくなったのか、男が青田に上から声を掛けてきた。

「いいえ。ですが待ち合わせの相手です」

 それに対して、青田は堂々と応じた。

「何だ君、こんな可愛いを待たせていたのか? それじゃ、失格だよ。もう帰っても良いよ」

 男は青田の言葉を聞いて、即座にこういった理屈を組み立てたらしい。それはそれで、たいしたものであったかも知れないが、相手が悪かった。

 青田は、男の言葉を聞いて何かに納得したかのように大きく頷く。

「なるほど。俺としても帰る事は一向に構いませんが、この機会を失って困るのは――」

「あなた、何を言っているんです」

 不意に、と言うべきなのだろう。天奈が声を発した。そして険のある眼差しで見据えるのは、声を掛けていた男。

「失格かどうかは私が決める事よ――いえ、正確には私が審査される立場なの」

「な、なに言ってるんだ? 君みたいな美人が――」

「理解が出来ないのなら……」

 天奈は男の耳元に唇を寄せた。

 男はギョッとなって目を見開くと、そのまま周囲をウロウロと見回す。だが天奈はそれに構わず、さらに男の耳元で囁き続けた。

 男は後ずさり、そして踵を返し、あっという間に駅前の雑踏の中に消えようとした。だが男の上背のせいで、それが叶わない。

 様子を窺うように振り返った男は、未だ天奈と青田の目が自分に向けられていることを知って、今度こそ一目散に逃げて行く。

「……先輩。なかなかのリソースをお使いになったようで」

「あなたこそ、学祭でどれほどのコネを使ったの?」

「使わねば、学祭は終わりませんよ――あんな形ではね」

 視線を交わさぬまま、二人は言葉を交わす。

 やがて示し合わせたように二人は向かい合い、それぞれの出で立ちを改めて確認した。互いに表情は動かない。

 だが二人の周囲の空気は、まるで凍り付いているかのよう。

 だがそれも不思議はない。この二人はデートのために待ち合わせていたわけではない。名目は天奈による「お礼を兼ねた食事」だったはずだ。

 だが、それにしては天奈の装いは度を超していた。高校生とは思えぬ出で立ち。元々青田よりも年嵩ではあるのだが、それを理由にして確実にマウントをとろうとしている。

 それは所謂、パワードレッシング。

 普通に「先輩に呼び出されて、飯を食いにいく」ぐらいの感覚で青田がこの場に現れていれば、その時点で勝敗は決していただろう。

 だが青田はそれを読み切っていた。だからこそ、さらに手のかかった装いで現れたのだ。

 それを天奈が「大袈裟だ」などと指摘すれば、それはそのまま自分に返ってくる。だから天奈は動けない。

 となれば、場はフラットに戻る。つまり青田はあくまでお礼に来た、と言う名目だけが残るのだ。

 それを気付かぬ青田では無い。気付いた上で、それで尚、自分から声を掛ける事は無い。そこでそれをしてしまうと「位付け」が変動してしまう。

 だから青田から声を掛けない。それほど甘い男では無い。

 それでも青田から動くとなれば――

「御用がないようでしたら俺はこのまま帰りますが。多少の手間は後輩の手間として受け入れましょう――何しろ俺はなにも惜しむところがない」

 それは、この場だけの理由では無く、ある意味では学祭における青田の立場を示したものであった。

 だからこそ天奈はこう返すしかない。これ以上傷口を広げぬために。


 ――「こっちよ」


 と。

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