終わり良ければ……?

 スポットライトを浴びるその時まで、彼女は拘束されていたのだろう。それが解かれた瞬間、奈知子はまさに脱兎の如く逃げ出した。

 その奈知子の後を、長い影が追いかける。

「――今さら説明するまでもないでしょうが、彼女の恋心を妨げていたのは、その“身長差”だったというわけだ。古門の身長は女性としては高め。一方で、ここに居る――そして古門の“真の”想い人である志藤先輩は決して背が高い方では無い」

 奈知子が逃げ出す事も予定通りなのだろう。青田は平然と続ける。

 追わなくて良いのか? と腰を浮かすものもいたが、同時にサーチライトを手配――と言うかサーチライト担当者を、いつの間にか青田は抱き込んでいたらしい。

 そこから窺える青田の用意周到さが、その決断を鈍らせた。そして、いきなり主役に祭り上げられ“都合の良い”事に、すでにステージ上にいる志藤がどうするのか?

 それを見届けたいという欲求が、いつ崩壊に向かってもおかしくない状況をつなぎ止めていた。

 だからこそ、と言うべきなのだろう。青田は笑みを浮かべている。

「自分の身長が古門のコンプレックスだった。それが仇になって、一歩を踏み出せないでいる。そこで、学祭に向けての文集制作にかこつけて――提出したものは自然に部長である先輩の目に触れることになる――彼女はまさにとしていたわけだ。それで先輩が自分の想いに気付いてくれて、自然と“そう”なることを期待していたのでしょう。これを英訳すると……」

「え? 英訳?」

 突然、出現したその単語に戸惑う一同。

「……know me私を知ってというわけだ。いやいや、何とも暗喩的な訴えになりましたね」

「お前、何を……」

 と、返そうとした志藤の顔に突如として「理解」と「怒り」が浮かび上がった。

「青田!! お前、それは!!」

「さすがは文芸部部長。この洒落がおわかりになりますか――ところで俺をとっちめるのと、古門を追いかけるのと。先輩にとって優先順位が高いものはどちらの行動ですか?」

 今にも掴みかかろうとしている志藤に向けて放たれた青田の言葉は、実質的に選択の余地が無い問い掛け。

 そして志藤は選ぶべきを選んだ結果――青田の横を通り過ぎ、そのままステージを飛び降り、さらには観客をかき分け奈知子の後を追おうとした。

 その志藤の背に向けて、青田はとどめの一声を放つ。

「先輩! あなたは古門がどう思ってるかが不安だからこそ、わざわざ俺を訪ねてきて、それなのに訴えは支離滅裂! まったく自分が見えていない。それが俺には、どうにもおかしくておかしくて」

「くそーーー! お前は後で泣かす!」

「そもそも俺は先輩の依頼でステージここに出てきたんですよ。しかも彼女が出来そうなんだ。一般的に考えると、これは俺に礼を言うべきところでは?」

「とにかく! それは後だ!!」

 そこでようやく、観客達も今の事態を把握し始める。志藤のために道を開け、逃げ出した奈知子を勝手に捜索し始めた。

 そんな光景を、やはり屹立したままの青田はステージ上から悠然と見守る。そして生徒会の面々に向き直り声を掛けた。

「――古門の行き先は確実に捕捉しているでしょうから、その点はご安心を。ただ、皆様方の退陣式を台無しにたことは申し訳ない。ですが今期の生徒会の実力からすれば、それもさほどの問題にはならないでしょう」

「え、あ、いや~」

 と、とっさに声を返せただけ、大川は「生徒会長」としての自覚があったのだろう。

「この後、恒例のキャンプファイヤーですね。その辺りを上手く活用されるのがよろしいかと。その頃には志藤先輩と古門も縛に就いているでしょうし……如何様にも利用してやってください」

「あなたは? キャンプファイヤーは?」

 天奈がそう声を掛ける。それは当然の疑問と言える。

 しかしそれに対して、青田は肩をすくめるだけ。

「止してください、御瑠川先輩。俺は学祭に参加していない。それなのにキャンプファイヤーそんな場に顔を出すほど厚顔無恥ではないし、これから私用もありますのでね――では失礼」

 そのまま青田は、やはり良い姿勢のままスタスタと歩いて行き、ステージの袖へと消えていった。

 生徒会の面々はそれを見送るしかなく、それにこの青田が巻き起こした騒動を治めなければならない義務もある。

「と、とにかく……」

 大川は、再び「生徒会長」らしく声を発した。

 任期の最終局面オーラスに、この生徒会は最大のピンチを迎えたと言えるかも知れない。


 が、とにかく無事に学祭は終了したことは伝えておこう。


 ――そして、一概にとは言えないものばかりではあったが、全校の祝福を浴びながら一組のカップルが成立したことも記しておく。  

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