独壇場

「――まずはじめに。ご存じ方は俺の習性を隣の方に教えて差し上げて貰いたい。つまり、俺はほとんど学校にいないということを」

 青田の誘導によって、観客の中でヒソヒソ声が聞こえてきた。

 それが一段落付いたところで、青田は説明を再開する。

「ここで告白してしまうと、第一話において名前だけで出てくる『探偵』。これは俺ですね。ですから、その時に話を聞いた田所、作中では『樽粕星霞』――この田所の情報はあるが、俺には山形先輩の情報はない。この不完全さこそ、俺がこの『短編』の謎に気づけた理由ですね」

「謎……?」

 観客から自然とそんな声が上がる。小冊子を改めて広げ、スマホのライトでそれを確認するものが出てくるのも当然だろう。だが、今度は青田は待たない。

「恐らく、俺以外のこの学校の生徒であれば、この『短編』についての周辺情報を持っているのでしょう。だから気づきにくい。ですが、有り体に言ってこの『短編』にはミスがある」

「み、ミスってお前……」

 今度は志藤から声が上がる。だが再び青田はそれを無視。

「もちろん俺には他人の作品を添削できるような素養はありません。では、どういう観点ならば“ミス”と言いきることが出来るのか? それは状況報告の不完全さです。そして俺はその“ミス”に留意しながら読み進めました」

 青田の声からさらに感情が消えて行く。

「――すると、すべての短編にその“ミス”が出現している。となれば、この“ミス”には意味がある。そう考えなければ逆に不自然だ。ここまではよろしいですか?」

 そこで青田は、ステージ上から観客を見渡す。

 その姿はまるで、この場の王――いや、本人の希望に添うなら、


 ――文武百官、それが綺羅星のように居並ぶ宮廷。そこに単身乗り込んだ軍師は、その全てを論戦で打ち負かしているかのよう。


 ……あたりが適した説明なのだろう。

 しかし、この場には青田が仕えるべき「主君我が君」の姿はない。つまりは誰にも青田を止めることは出来ないのだ。

 もっとも、例えこの場にそういった人物がいたとしても、逆に青田を煽りかねない。今の野外ステージの空気が読めるなら、必然的にそうなってしまう。

「それを前提として考えると、改め問題になるのは第一話。もちろんミスとは違う。だが俺はどうにも違和感があった。この一話だけ浮いてはいないだろうか? という違和感」

 そう青田が告げたと同時に、観客の中にも頷く者が数名いる。

「確かに『短編』全体の導入――として考えることは出来る。『探偵』の存在を匂わせ、作品全体のテーマである『副会長の想い人』の調査を始めるきっかけとして必要だと捉えることも出来る。だが、この短編だけで成立していると考えることも、また可能」

 青田の目が光る。

「――となればこの『短編』が最初に作成された動機は何か? ノンフィクションとに近く、そして、あまりにも身近なものを題材にしてまで、この『短編』を作成した作者にはどんな狙いがあったのか?」

「そ、それは……だな」

 それは反射的だったのだろう。どこか救いを求めるように、志藤が声を上げる。もちろん青田はそれを黙殺。

 まるで“容疑者”の言い訳など、聞くに値しないと言わんばかりに。

「さて、ここで再び“ミス”に回帰する。第一話から意図的に組み込まれている“ミス”。それがそのまま、作成に至った動機に繋がるのではないか? この発想を元に推論を組み立ててみよう。第一話の中で描かれたものは『副会長に想い人がいる中で、同じ部活の中で想いを通じ合った二人』。それが“良いこと”であると作者は示したかったという推論――だが、これだけだとあらゆる意味で弱い」

 青田の説明が朗々と響く。

「そこで“ミス”だ。俺にはどうしても不思議に思えた。何故『短編』の中の登場人物には それが俺の考える“ミス”」

 ようやく――青田は志藤を振り返る。

「作者は、そういった“ミス”を施すことで、自分の本音に気付いて欲しかった。だが先輩はまったく気付かない。そこで焦れた作者は――まったくズレたやり方と評するしかないが――他の人物に気があるようにたばかったわけだ。所謂、恋の駆け引きと言われるものですね。それが『幕間その四』に現れていることの真実」

「あ、青田それは……」

 青田は志藤を見据えたままで右手を挙げる。

 そして観客を振り返りながら、その手を一点に向けた。同時に、その一点に投射されるサーチライト。

 暗さを増した観客席の中、強烈な光に照らされて浮かび上がる長い影。

 いや影だけではない。光を浴び、注目を集めた女生徒の身長は元々高いのだろう。優に百七十センチはある。

 そして、その女生徒こそが「短編」の作者であり、文芸部部員の――


 ――古門奈知子である。

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