ステージ

 学祭用に設置された野外ステージ。そのステージを使ってのプログラムは、閉会式を残すばかりになっていた。時間は当たり前におしていたが、致命的なものでは無く、それはこの閉会式にたっぷりと時間をとっていたことも、その理由だ。

 学祭の閉会式とは、そのまま現・生徒会の退陣式とも目されおり、学祭が終われば次は生徒会選挙というイベントが待っている。

 だからこそ、ステージ上には生徒会の四人が勢揃いしていた。

 全員が制服を着て、舞台の上手に並んでいる。

 押しの弱そうな生徒会長、大川広志。少し太めの書記、白沢幸子。そして眼鏡を掛けている以外は特徴らしい特徴がない会計、有野純。

 普段なら粛々と進行していくしていくところであるのだが、今回ばかりは集まっている生徒達、それに来場者からの奇異の視線を集めてしまっている。

 「短編」に登場した、それぞれに対応したキャラクターと、どうしても比較してしまうからだ。

 特に幸子は頬を真っ赤に染めていて、それを見ていた全員が「なるほど」などと頷いている。どうやら、ある程度はそれぞれの要望に応じた形で、あのキャラクターは出来上がっているらしい、と。

 そんな中で副会長の天奈だけが、どこか陶然とも思える表情を浮かべていた。

 続いて壇上に現れたのは文芸部部長の志藤である。はっきり言えば拍子抜け、という雰囲気が漂ってしまうが、これは仕方が無い、という空気も同時に広がっていく。

 もし奈知子がステージ上に現れれば……修羅場になるのではいか? という危惧が確かにあったからだ。そこで当事者の代理としての志藤と考えれば、納得出来る部分がある。

 だがこの時、違和感を覚えた者が確かにいたのだが――次に現れた男。

 青田の出現で、それが吹き飛んでしまう。青田はすでに灰色の上着を詰め襟までキッチリと締めた形でステージの中央に向かい、そのまま屹立した。

 例の七三分けで。

 青田を知らない者達は、司会が現れた、と勘違いするがそれも無理は無い。

 だが青田を知る者たちは、それぞれに青田に抱く感情を「青田」というわずか三文字に込めて、ステージを見上げながら呟いていた。

 それがステージ前でうねりになり、同時に「鵯越」という声も聞こえてくる。

 だからこそ、と言うべきなのか。青田がステージ現れたことを不思議に思う者は少なかった。

 何しろ青田もまた「当事者」の一人、と目されているのだから。

 そういった観客達の理解が染み渡るのを見計らったように、青田は中央に設置されたスタンドマイクに声を乗せた。

「――まずは順番として俺がこの場に現れたことを説明させていただく」

 感情の見えない、そして静謐さを内包したリズム。その声の響きに魅入られたように、観客は自然と口を噤んでいった。

「この閉会式には元々、文芸部による“説明”ための時間が予定されていた。俺は、その時間を部長である志藤先輩の“厚意”で譲ってもらった。俺自身の“説明”のために――それが理由です」

 確実に“言外”の事情があることを示唆している、その口調。

 だからこそ観客は自然と理解した。あの「短編」についての説明が行われるみちがいないと。

 そして、その期待に応えるように青田は告げた。

「俺は『鵯越』」

 言葉を切る。

「……という前提で話を進めたいのですが、そうは行かない。何しろ俺は『探偵』ではないし――」

 その時、観客から「嘘を付くな」というヤジが飛んだが、青田はそれを黙殺。そのまま続ける。

「――それ以外も、色々と現実は違っている。それは当たり前の話なんですが、この作者はその隙間ともいうべき部分にメッセージを込めている」

「メッセージ……とは?」

 その時、同じ壇上から声が上がる。それは天奈の声だった。

 それは思ったよりも低く、だからこそ耳朶を打つ響きが伴っている。天奈の声を初めて聞いた者がほとんどだったのだろう。一瞬、どよめきがあがるがそれを背中で聞いた青田は振り返らなかった。

「それを今から説明させて貰おうということです」

「おい!」

 今度は志藤から声が上がった。

「そんな話じゃ無かっただろ?!」

「はい、嘘を付いていましたから」

 志藤の叫び対しても、青田は振り返ることはない。

「――兵は詭道なり。基本中の基本です。その必要があるから俺は先輩を騙したのです。これはね先輩」

 青田が目を閉じ、わずかに俯く。

「俺を引っ張り出した先輩の代償です。いや、果たして代償と呼べるものになるのか」

 わずかに感情の覗く声音。しかし青田はそれを振り払うように目を開けた。

 こんどこそ目を爛々と光らせて。

「この物語には、恋心が封じ込まれています。それもかなり不器用な」

 そして語り出す言葉は、今までの不穏当な言葉を裏切り、恋唄の一節のようなフレーズ。

 そのギャップに、観客それに壇上の面々も完全に虚を突かれた。

 しかし、ある程度の耐性を備えている志藤がいち早く回復する。

「だ、だからそれを俺は――」

「あの『幕間その四』で綴られた内容ですね。ですが、あれは“封じられている”と言える展開ですか? あれは告白そのもの言っても良い。だが、それをそのまま読み取るのは……そう、迂闊に過ぎる」

 そこで初めて青田は振り返った。

 まず下手にいる志藤へと。次いで上手に陣取る生徒会の面々へと。

 考えてみれば、青田を掣肘する義務が生徒会にはあるはずだが――今、それを行うのはあまりにも危険だ。

 ここで青田を抑えては、観客から大ブーイングが巻き起こるだろうし、集まってきている人数もかなり洒落にならない規模に達している。

 一瞬――青田の唇に笑みが閃く。

 何かも見通していると誇示するように。

 そして、すぐさま青田は正面に向き直る。


「では、不本意ながら“謎解き”に移行させていただく――」

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