越谷高校文化祭

 日程は二日間。九月の最終週の金曜、そして土曜日を基準にして執り行われる。

 その日程自体は例年の慣習に従った形になったわけだが、今年は何やら参加する生徒達の熱量が増していた。

 その端緒はまず、生徒会が作成した「学祭の案内」とも言うべき小冊子が、随分異様なものであったことだろう。

 まず今年のテーマなど、そういった定例文を抑えた後、次のページから始まるのは、何かの短編。

 その短編は「越谷高校の生徒である」という前提がなければ、確かにわからない部分もあるのだが、それだけに生徒達の間では、この短編に出てくるカップルのモデルについて、すぐさま周知のことなった。

 それは野球部の主砲、山形太一とマネージャーの田所聖子のことであろうと。

 そしてまず生徒達の失笑を誘ったのが、太一の美化である。絶対にこんな爽やかな好青年では無いのである。もっと野放図で、それだけに彼女ができたことで太一は浮かれまくっていた。

 さらに彼女となった聖子はそういった周囲の目を気にすることも無く……簡単に言ってしまえば惚気っぱなしだったのだ。

 つまりは大なり小なり、越谷高校の生徒、もしかしたら教師までもが、この二人に迷惑を掛けられていたわけで、それならせめて、この愉快な馴れ初めを知って笑うぐらいは許されるだろう、ということになった。

 この短編に描かれいる経緯がどこまでノンフィクションかについては、それもほとんど真実なのだろうと――これも自然に行き渡ることになる。

 何しろ越谷高校には、間違いなく「探偵」と呼ばれる生徒がるのだから。

 そして、短編で示唆させたように「星霞」――いや聖子を煙に巻いて、尚且つ、カップルを成立させるぐらいはやりかねない……と、その「探偵」を知る者は苦々しげにそれを保証したのである。

 そして、こういった短編の続編が小冊子の中に度々出現した。

 問題の「探偵」を主軸に置いた、噂になっている「副会長の想い人」を調査して行く顛末。

 それと同時に二日目にスケジュールに組み込まれている「有志によるファッションショー」とのクロスオーバーに気付く。

 そして同時に、その短編がフィクションである事も。

 何しろ、その小冊子を確認するまでもなく、越谷高校に「空手部」がない事は明らかなのであるから。

 しかし体育会の会長が女子テニス部部長である事は確かな事で、短編に出てきた「円城寺整」のモデルは縦ロールでは無かったものの、その部長・鈴木律子そのままであった。しかも、律子は確かに天奈とも親しい。

 そうなると逆算して「三賢人」を名乗る三人のモデルも、実は“そう”なのでは? となり何とも不思議な潮流が水面下に生まれてしまっていた。

 では、この小冊子に載っている短編が「内輪受け」になったかというと、そうはならない。

 何しろこの小冊子を差し出したあとに「実は……」などと、越谷高校の現状を披露すれば、かなりの確率で話題の主になることができる。

 それにとどめを刺したのが、文芸部が出した文集に載せられている「完全版」だ。

 何しろそこには、問題の「副会長の想い人」が示唆されていたのだから。

 しかも「学祭の見回り」と言うことで、普段は生徒会室から出てこない天奈も、学校中を練り歩くことになる。

 副会長・御瑠川天奈。

 短編の中で彼女と目される「橘臣空流」はロングヘアだったが、彼女はショートカットだ。そしてつり目だと形容されていた「空流」とは違って、天奈は伏し目がちで、それほど威圧的では無い。

 それだけに、その美貌と相まって、すでに神秘性までも天奈は身につけていた。

 だからこそ見回りの度に集める視線――すでにその視線は、越谷高校の生徒ばかりではなくなっていた――を上手くいなす。

 果たして彼女は「探偵」が好きなのか? 見回りを名目に「探偵」を探しているのではないか? それとも、あの短編はまったくのブラフで、実際には文化会系のクラブに意中の相手がいるのではないか?

 何しろ、天奈の見回りのコースは、そういったクラブの展示が中心なのだから。

 そして、その完全版に記された「紗那」こと、奈知子はいったいどうするつもりなのか? 一日目の終盤には天奈と奈知子が文化部の部室で会ってしまうと言う、クライマックスが出現する。

 思わず息を呑む中で、二人はわずかに会釈するだけで、周囲が思わず覚悟を決める――あるいは期待した――激突は起きなかった。

 しかしそれは、ただ問題を先送りにしただけとも言える。

 だからこそ二日目はさらに盛り上がり、ますます生徒達の熱量は増加してゆき、学祭は盛り上がって行く。

 では――「探偵」であるところの青田はどうしていたのか?

 実は、その姿を目撃したものはいない。元々、授業中しか学校にいないような男だ。学祭についても、さほどの興味は無いのかも知れない。

 青田を知る者が、すぐ近くにある「やすらぎ」――その図書館を覗きに行ったのだが、やはり発見できない。

「逃げたな」

 等と口さがない者が、そう喧伝する中、イベントは順調に消化される。

 そして「ファッションショー」が盛況のうちに終わり、最後のプログラム。生徒会、そして文芸部による挨拶が行われる予定の壇上に――


 ――青田が現れる。

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