夕闇の「軍師」

「違う考え? いや元々俺はそんなつもりで来たわけじゃ無いぞ。お前に『探偵』を依頼しにきたわけでは……」

「ですが、この……そうでした御瑠川副会長。それと古門さんでしたか。この二人が俺に好意を抱いている――そういう考えをお持ちなのでは?」

「それは……そうだが」

 否定できない質問で、青田は志藤を詰める。

 だが、志藤は青田との付き合いは長い。そのやり口は経験済みで、だからこそそういう時の対処法も心得ていた。

 つまりは違う角度からのアプローチ。それが建設的な結果になるかどうかは未知数ではあるが、この状況なら少なくとも青田の“考え”は聞き出せる可能性がある。

 志藤はこう切り替えした。

「お前……今の学校の状況はわかってないんだろう?」

「ああ、それはそうですね。副会長がこんな発言をしたのは確かなんですか? その恋人が欲しいというような。いや好きな相手がいるというお話ですか」

 すぐさま青田がそれに乗った。

 だがこれは青田の普段の行動パターンを知っていれば、必然的にそう答えるであろうとわかっている質問で――つまり青田の“考え”とは学校の状況を知らないままに、あの原稿を読んで、志藤とは違う“考え”に至ったと言うことになる。

 一体、あの原稿から何を読み取ったというのだろう……危うく、思考の海に潜り込みそうになった志藤は、慌てて心を引き締めると、青田の質問に答えた。

「あ、ああ。その辺りはまったく同じだ。ノンフィクションと言っても良い。だからこそ学校はかなり大変なことになっている」

「つまり、その……副会長は美人だと。それが原因だと」

 青田がそれを明け透けに確認してきた。

「お前、見たことは――当然あるな」

 そして、一度見たものなら呆れた記憶力で網羅してしまっているのが青田という男だ。ただ「目で見ての記憶」と「名前」を紐付けさせることは、些か苦手であるらしい。

 もっとも生徒会役員ともなれば生徒総会や、あるいは選挙の時に、副会長の姿を確実に目に収めているはずで、その上で名前も関連づけて覚えているに違いないのだ。

 となれば、先ほどの確認は青田にとって副会長・御瑠川天奈は「魅力的な異性では無い」という前提がある事になる。

 それなら古門はどうなんだ? と尋ねてみたくなる志藤であったが、ここで脇にそれると青田は容易く口を噤むだろう。

 となると、ここは――

「御瑠川はほとんど生徒会室から出てこないんだ。姿を見たものも少ないんじゃないかな? 同じクラスなら、そんな事も無いんだろうが、下の学年からはほとんどレアキャラ扱いだな。それにはもちろん、御瑠川が美人だって事も重要な要素で……」

「ああ、先ほど読ませていただいたものと真逆なんですね。生徒会室に閉じこもっているか、出回っていて姿を見かけないか。ただ最終的には同じになる――なるほどそういう仕掛けで、あの物語は構成されているのか」

 上手い具合に、青田の興味をさらに引くことが出来たようだ。

「いや全部、真逆に設定されてるわけじゃ無い。あれはあれで色々工夫されてるんだ」

「それは俺が思うにですね――」

 青田がそう言って身を乗り出したところで――再びその姿勢が真っ直ぐに伸びる。

「――危ない危ない。それは俺には関係のない話です。俺の考えでは別に『探偵』が想いを集めているわけでは無い。『鵯越』はそうかもしれないが、それが『俺』に適用されるかというと、それもまた乱暴な話だ」

 青田は、志藤の誘導に乗らなかった。それどころか拒否の構えはより一層頑なになっている。

 だが、それは“拒否する”という反応を、志藤に見せていると言うことだ。

 そこで志藤は、さらに踏み込んだ。

「じゃあ……お前なら、どう対処するんだ? この物語は校内で読まれる事は決定事項と考えてくれてまず間違いない。となればかなり面倒なことになるぞ。お前の『評判』も――」

「ふむ」

 志藤の言葉の途中で青田は一声発し、さらに目を瞑った。

 それは、一種の受諾の合図と解釈し、志藤も沈黙する。

 気付けば日はかなり傾いていた。そのために「やすらぎ」の中に入り込んでいた街路樹の翳りが青田を包んでいる。

 やがて青田は口だけを開き、こう告げる。

「……では先輩。これは俺に“献策”せよ。そう仰っていると考えて構いませんか?」

 その青田の言葉に、志藤は太い眉を持ち上げた。

「い、いや、そこまでは……」

 元々は、青田に無茶をさせないために――少なくとも、そういう方向を目指すために訪ねてきたはずなのに、何故かその方向が真逆を向いている。

 何しろあの発言は、そのまま青田が本領を発揮すると言うことで、それは即ち……

「そうなると、必然的に先輩は俺に協力してくださるということで」

 完全に志藤が青田の“策”に取り込まれると言うことだ。

 何しろ青田は「探偵」では無い。

 青田は「軍師」――その志望者だ。

 結果的に「探偵」と同じ事をして、同じように報酬を要求するとしても、青田が策を練れば「謎の解明」以上の何かが起こる可能性は高い。

 いや、そもそも何の策が必要だというのか? しかしこれを拒否すれば……志藤は思わず唇を噛む。

「……わかった。ただ、これだけは確認させてくれ。御瑠川と古門。大丈夫なんだな?」

 具体性の全く無い曖昧な志藤の確認。

 だがそれでも、青田は鷹揚に頷いた。

 これに意味があると問われれば、そこは「青田だから」と強引に自分を納得させるしか無い志藤。

 関係者半分ほどが、心をささくれ立たせる事になるだろうが、破滅にまで追い込まれる事は無いはずだ。――志藤の知る範囲の青田であれば。

 それにやはり、青田が自分をモデルにしたことで怒り出すとは到底思えない。つまりは策が必要と判断しているのは、それ以外のことで……おそらくは策に乗らないと、その説明もしてくれないのだろう。

 志藤はため息を一つ。それに完全閉館時間タイムリミットが迫ってきている。

「……わかった。お前の話に乗ろう」

「では――」

 青田の目が開かれる。夕闇の中、光る目の輝きがどうにも威圧的だ。

 だが青田はさらに志藤へと身を乗り出して、こう告げる。


「――策を講じましょう」

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