第一章 know me.

「探偵」では無い

 「青田」と呼ばれた男は何者か? と問われれば越谷高校の二年生、あたりがもっとも無難な紹介だろう。

 当人はできるだけ無個性である事を心掛けているつもりなのか、灰色を基調とした越谷高校の制服を折り目正しく着こなしていた。

 しかし、それが何だかチグハグに思えてしまう男でもあった。すでに二学期は始まり、百七十センチほどの平均的な身体に纏っている制服姿にも何ら問題があるわけではない。

 改めてその違和感の理由を探せば、まず目に付くのは七三に綺麗になで分けられた髪だろう。正直に言ってしまえば、それは「センスを疑う」の一言で済ませられる。

 だが、それを正面から青田に告げるのにもなかなかの勇気が必要だった。

 何しろ、青田の眼差し――

 これはもう“爛々と”としか言い様が無いほどに、強い光を放っているのだから。

 そんな状態で無個性を装おうとしていることが、そもそもの間違い。だからこそ青田は周囲に違和感をばらまいているのだろう。

「はい。拝読させていただきました」

 そんな青田が、これもまた違和感の原因になるであろう異常なほどの姿勢の良さで、持っていたスマホを正面に座る男に返す。

 その男も、立場は青田とほとんど変わらない。越谷高校の三年生で名を志藤しどう俊平しゅんぺいと言う。その証拠に志藤もまた制服姿だ。

 こちらは青田と違って、かなりわかりやすい「特徴」の持ち主。

 何しろ濃い眉、一重の厚ぼったいまぶたを備えた目、顔の中央であぐらをかく鼻梁。そして夕方であるのに口元には髭が浮き上がっている。

 そして椅子に腰掛けているのに、はっきりわかるのはその身長の低さ。

 百六十に届くか届かないか――いやはっきりと百五十に近いと言ってしまった方が潔いのかもしれない。

 しかも猫背。さらに立てばわかることだが、がに股だったりもするわけだが、全体的な印象としての違和感はよほど青田より少なかった。

「それで?」

 スマホを受け取りながら――そもそも志藤のスマホだ――志藤は青田をさらにせっついた。この「やすらぎ」の全体閉館時間が迫っているという理由もある。

 この一階部分は、やたらに採光が重視されているようで、やたらに大きなガラスが壁一面に填まっていた。その窓ガラスから入ってくる光。それが十分に色づいている。暗くなるまで、そうはかからないだろう。

「そうですね。上で読むのも下で読むのもあまり変わらなかったな、ぐらいが率直な感想ですか」

 実はそうなのである。

 青田は放課後ともなればこの図書館に足を運んで、何やら勉強をしているのだ。だが、そこに尋ねてくる者が多すぎて、青田はこの「休憩室」の常連と言っても良い有様である。

 そして今日も、かねてから付き合いのあった志藤がわざわざ図書館に尋ねてきたというわけだ。それも志藤が部長を務めている「文芸部」絡みの相談ごとを抱えて。

 そこでまず青田は休憩室に降りて、その上で志藤の依頼通りに“何かしら”の原稿を読み終えたわけだが、さっぱり志藤の思うような感想を口にしない。

 いつもの通りの青田、と言えばそうなるのだが、自分が当事者になってしまうと、もどかしいことこの上ない。

 しかも、付き合いが長いので青田がこの件から手を引きたがっていることまでよくわかってしまうのである。

 だが、それは逆に考えれば青田は一読、それもかなりの速度で眺めただけだというのに、この原稿にまつわる越谷高校の状態、それに志藤の頼み事まで見透かしてしまったと言うことだ。

 その頭脳の冴えは、相変わらず「凄まじい」の一言に尽きる。

 こんな青田であるから「探偵」と呼ばれることも多いのだが、その度に青田はそれを否定していた。

 ただ今回ばかりは、青田が「探偵」と呼ばれることを嫌がる事に、志藤も理解を示さなくてはならないだろう。

 何しろ志藤が持ち込んだ原稿に登場する「鵯越」という探偵。どうやらそのモデルは――

「青田。今さら確認するまでもないだろうが『鵯越』とはお前のことだよ」

 そんな言わずもがなの確認を、青田に行わねばならないと言う理不尽。しかし、志藤はそれを受け入れた上で、青田の言質を取らねばならなかった。

 つまり、あの原稿に書かれている物語は、かなりの部分現実とリンクしており、さらに「幕間その四 編集会議は開かれず」まで読み進めば、副会長と文芸部の女子部員が「鵯越」という探偵に対して好意を抱いている――そんな風に読み取るしかなくなるからだ。

 そして、それを現実とリンクさせると、あの原稿に書かれているのはそのまま――


 ――青田に対して、好意を抱く者の告白。


 ということになる。

 この原稿を書いた女子部員はもちろんのこと、あの副会長までもが青田に好意を抱いている。そういうことになってしまうのだ。

 実のところ、この原稿の作成については問題の副会長、御瑠川みるがわ天奈てんなも関わっており、だからこそ事態はより深刻だとも言える。

 つまり「副会長の想い人」に関しては、その副会長の監修の手が入っているはずで、ただそこに自分の心境を吐露しただけ。

 そしてそれは文芸部の女子部員、物語の書き手、古門ふるかど奈知子なちこも同様ということになり、それが判明したからこそ志藤は慌てて青田に原稿を読ませに来たというわけだ。

 志藤は、なまじ青田を知っているだけに、どれだけ無慈悲な対応をするのか。

 志藤はそれを恐怖し、断るなら断るでせめて慈悲の心を持って欲しい、とそれを青田に訴えたかった。確かに勝手に青田をモデルにした登場人物キャラを出してしまった引け目はあるのだが、それについての言い訳も用意している。

 だが青田は、志藤の予想通りと言うべきか、ひたすらに無表情だった。ただ目が爛々と輝いているだけ。

 それに気圧されて、志藤が思わず黙り込むと、仕方が無いとでも言うように青田は感情の色が見えない平坦な声で、こう告げた。


「――どうも俺と先輩の考え方は違うようですね」

  

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