断章、あるいはもう一つの序章

その男、青田

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                                    ――



 時刻は午後五時を過ぎたのだろう。階段を降りてくる人の数が一気に多くなった。そして、その手には様々な本。ハードカバーに文庫本。それに加えて、小さな子供達が我慢できずに絵本を開いて怒られている様子も窺える。

 この文化センター「やすらぎ」の三階には図書館があり、その利用者が一斉に帰ってゆく――つまりは閉館時間の午後五時は過ぎてしまったことが容易に推測できる風景というわけだ。

 この文化センター「やすらぎ」は箱物行政の象徴と思われている部分もあるが、三階部分の図書館だけはとかく評判が良い。こういう施設の一部分だけ利用した図書館を、果たして「館」と呼ぶべきかどうかは意見の分かれるところだが、それをキチンと考えようと主張する者はいなかったらしい。

 それに何より「やすらぎ」の一階部分の空虚さ――ただ空間だけがあり、掲示板を設置するぐらいしか使い道を思いつかなかったらしい――に比べれば、図書「館」の規定はまったくどうでも良いような問題だ。

 その問題の一階部分には、安っぽいプラスチック製の白い丸テーブル、それと同じく安っぽい白い椅子。それが三組ほど用意されており、どうやらこれで市の担当者は一階を「休憩室」と言い張るつもりらしい。

 もちろん「あくまで一時的に」との言葉と共に。

 ただこれだけではどうにもならないと考えたのか、それとも特定の業者との癒着の結果か品揃えラインナップについては首を捻るものが大半の、カップ式の自販機。それが三台も並べられてしまっている。

 ただ「枯れ木も山の賑わい」と言うべきか、この自販機の前では時々、テーブルを利用する者が現れるようになっていた。

 いや、現在このテーブルを利用している者は、結果的にこの場所の常連と言っても良いかもしれない。

 今も、椅子に姿勢正しく腰掛けたこの人物は、スマホをひたすらにスワイプしてゆき、何らかの文章を文字通り流すように読み取っていた。

 本当にしっかり読んでいるのか――

 そんな風に不安になってしまうほどの速度である。

 だからこそ、その人物の向かい側に座る男は、焦れたようにこう呼びかけた。


「おい! 青田!」


 ――と。

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