幕間その四 編集会議は開かれず

その四

 その時――


 紗那はある人物と密かに会っていた。

 相手は美術部部長、春家である。今度は「三賢人」の一人としてではなく、紗那としては単純に先輩として会って欲しかったところではある。

 しかし、頼んで内容が内容なので、そこは諦めるしかないだろう。

 春家の「準備」はただ三角フレームの眼鏡を掛ける事だけのことだったので、受け入れなければならない、と諦めることにする。

 ではそこまでして、紗那が頼んだこととは何か?

 それは――

「確認した。東雲京次郎というキャラクターのことだが……」

 それは「歯車仕掛けのチェインリアクション」というゲームに登場するキャラクターだったはずだ。

 そして副会長・橘臣空流が持っているラバーストラップのモデル。

 その件については終わったはずだが、紗那はもう一度調査を依頼していた。

 それも鵯越を通さずに――それが肝心なところだ。

「申し訳ない。私はあまりにもビジュアルに特化してデータを集めてしまっていたようだ。確かに、このキャラクターはだった」

「やっぱり……」

「むしろ櫂目と猿馬は気付いていたんじゃないのかな? 気付いてみれば、これはあまりにも簡単な話だった」

 そう。

 簡単な話だった。

 東雲京次郎。それはゲームの中で「探偵」の役割を割り振られたキャラクターであるのだから。

 つまり「副会長の想い人」は――

 紗那がそれを“何となく”気付いてしまったのは、どのタイミングだったのか。

 けれど鵯越こそがなのではないかという考えに囚われてしまって以来、紗那は調査に同行することで積み重なっていく証言のすべてが、

「鵯越こそが副会長の想い人」

 を、指し示してるように思えてしまったのである。

 そして会長によって指摘されたのは――鵯越が見落としていることがあること。そして証言を振り返ること。

 それを紗那なりに、それを実践してみた結果、紗那の“考え”は春家によって補強されてしまったのである。

「それでどうする? 無論、私はこれを言いふらそうとは考えてないが――」

「ありがとうございます。櫂目さんも猿馬さんも黙ってくれているみたいですし」

「あの二人はあれで、面白く無かったんじゃないかな? 実際私も“あの副会長が”という思いは確かにある」

 そう。

 本当に“あの副会長が”という言葉が、紗那の心境だった。

「……一日、いやとにかく時間をください。考えたいこともあるし」

「そうだな」

 春家は素直にうなずいたが、それは紗那も混乱しているだろうと考えてのことだ。

 だがこの時、紗那は混乱はしていなかった。

 考えるべき事は、はっきりわかっていた。

 ただそれがあまりにも難しい問題で、それは即ち――


 ――果たして、自分は“あの副会長に”勝つことが出来るか? という問題なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る