会長・貞門館胤篤

「そもそも俺から何を聞きたいんだ?」

 今度の聞き込みは段取りがまったく上手く行かなかった。

 そのために、炎天下の中、会長・貞門館ていもんかん胤篤あつたねを通学路の途中で捕まえることが精一杯だったのだ。夏休み中でも生徒会長は色々用事がある事は想定の範囲内だ。

 辛うじて自販機の側で足を止めさせることに成功したので――というか、自販機があるからこそ貞門館はその場で足を止めたのだろう。三人はそれぞれ好みのジュースを手に取る。

 それが無ければやってられない、という本音がそこにあった。

 蝉の声がやたらに響いている。

「それはもちろん、副会長の想い人だ」

 暑さのせいか、鵯越の“聞き込み”もこれまでにないほど直接的だ。

 いや、ただ暑さだけを原因とするのは、それもまた乱暴な話なのかも知れない。

「橘臣の件か……まったく、あれだけでこれだけ騒がしくなるとはな」

「それは彼女がいる者の傲慢さだ。副会長に好きな相手がいることを、他人事にできないんだよ。男は言うまでも無く、女だって強力なライバルが現れるかもしれないという危機感がそれを他人事にはできない」

 珍しく鵯越がくどく説明した。

 ソフト帽が作り出す、ひさしの濃い影に覆われてはいるが、その眼光は鋭い。

 だが、その鵯越の言葉は圧倒的に正しい、と紗那も同意するしかなかった。何しろ紗那の始まりが星霞の片思いなのだから。

「わかった。確かにこれは俺の失言だったようだが――」

 スポーツ飲料のペットボトルを開けながら、貞門館がそう応じる。

 貞門館胤篤は随分なクセッ毛なのか、あちこち爆発したような髪。それに胸のボタンを半ばまで開けっ放して、ずいぶんワイルドな印象を周囲に振りまいていた。

 それだけに押しに強く、時にイヤミっぽく「剛腕」等と呼ばれることもある。

 もっとも、だからこそ空流が「副」会長に収まっていることについても、確かな説得力があった。

 反対に、丹音とつきあい始めたことについて意外に思われたのだが……

「――それはそれとして、俺から何を聞き出したいんだ? いやその前に、一体どんな声を集めてきたんだ? それをまず教えろ」

「待てよ。そうなると会長も副会長の想い人を――」

「いいから話せ」

 確かに貞門館は「剛腕」と言われるだけのことはあるようだ。鵯越は尚も抵抗していたが、結局のところ大体のところを貞門館に話してしまう。

 その間に、貞門館も心当たりは無く、空流が校内をウロウロしていることについてはほとんどが事後承諾ばかりであることも明かされた。

 だが最初の鵯越の訴えに影響されてのことか、最初は関わり合いにならない、と宣言しているような状態から、一緒にこの件を考える、という風に態度を改めている。

 その間に、これもまた通学途中にある木の陰が濃い神社の境内へと場所を移動していた。紗那は木陰に入って、ホッと息をつき、半分ほど飲んでいた果汁百パーセントの清涼飲料水を一気に飲み干した。

 鵯越は当たり前にブラックを選んでいたが、小ぶりな缶であるのに、未だずいぶん残っているらしい。

 そして二人に囲まれている状態は変わらぬままに、貞門館は石段の途中に腰を下ろしていた。

 すでにペットボトルはゴミ箱に放り込んでいる。

「鵯越。これはお前――そうだな。お前の不手際と言ってもいいんじゃないか?」

「何?」

 いきなりの貞門館のダメ出しに、鵯越は鋭い声を出す。

 だが貞門館はそれに怯む様子も見せず、逆にこう言い返した。

「ここまで調査を重ねて、目星も付けられないとはな。簡単に言ってしまえば、お前は何も掴んでいない。今はそういう状態じゃないか」

「それ……は」

 さすがに鵯越も反論することができない。

 無慈悲に貞門館が告げた内容――それはまさに真実だったからだ。

「それに大きな見落としがある。その『三賢人』な。櫂目達の集まりだから、自然と文化会代表のように思ってしまったのかも知れないが、実際には部活にはまったく関係がない。その調査が丸々抜けてるじゃないか」

「じゃ、じゃあ、会長は文化系の部活に副会長の?」

 紗那がたまらず、そう尋ねると貞門館はわずかに首を傾けた。

「俺は調査の不手際を指摘しただけだ。これをどう捉えるかはそちらの問題だろう。ではな。俺は行く」

 言うが早いが、貞門館はさっさと立ち上がると神社を出て行ってしまった。

「ちょ、ちょっと……」

「良い。これで良い」

 慌てて紗那が貞門館に声を掛けようとしたが、鵯越がそれを抑えた。

「でも!」

「会長は大きなヒントをくれたんだ。“目標”は確かに文化会系の部活に所属しているんだろう。その前提があれば、あの証言の重要性もさらに増してくる」

「え? どの?」

「旧校舎の屋上で副会長を見たという証言だ――文芸部の部室はあるのは?」

「そ、それは旧校舎だけど。え? そういうことなの?」

「そういうことになる。それに加えて、屋上に行く必要性も考えるとかなり絞られてくるな。学祭までには必ず……いや学祭こそがチャンスだ」

 そう鵯越は息巻いて、残ったコーヒーを一気に呷った。

 その勢いで、ソフト帽が鵯越の頭から転がり落ちる。

 しかし鵯越の――文化会系の部活にこそ、副会長の思い人がいる――という方針は果たして正解なのだろうか。

 その時、紗那はソフト帽を拾いながら、こんな事を考えていた。

(この鵯越くんの調査は失敗に終わかもしれない)

 と。


 ――そんな予感を、紗那は抑えることができなかった。


 

  

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