第四話 生徒会側の証人

会計・薬煉頼吾

 夏休みに入り、学校はずいぶん静かになった。

 体育系の部活の活動はそれほど変わらない、というかより活発になるはずなのだが、やはり印象としては静かになった、とする方があっている気もする。

 それはきっと暑さのせいなのだろう、と紗那は結論づけることにした。

 今、鵯越と一緒に紗那が乗り込んでいる生徒会室は冷房が効いているので、紗那のそんな結論も、どこか他人事じみている。

 もっとも、それ以上の「厄介」が今二人の前に座っているのだから、そんな事を紗那が考えるのも一種の現実逃避なのかも知れない。

「それで、僕に話とは一体何だ? 忙しい、と言う程では無いが、君達に時間を割くほど余裕があるわけでもない」

 生徒会室に置かれている、白い机。

 その机の上に散乱して置かれている、色々な書類。おそらくは領収書みたいなものがほとんどなのだろう。

 夏休みと言うことで、書類をこんな風にまき散らしても問題は無い――そう訴えている気もする。

「話が終われば、さっさと出ていくよ。お互い効率的に行こう」

 ソフト帽を斜めにかぶりながら、鵯越がそう返した。

 それを聞いて、二年生の会計・薬煉ぐすね頼吾らいあは背もたれに上半身を預けてそり返る。つまりは性格なのだろう。

 それに加えて薬煉は左目に眼帯を付けて、手には指ぬきグローブ――いや指ぬき腕カバーというべきものを身につけていた。

 やっぱり、どう考えても「厄介」であるとしか思えない。

 今度も鵯越の“交渉”に期待するしかないな、と紗那は覚悟を決めた。

 いつの間にか話が通っていたのか、紗那が同行していることについては薬煉から何か言われることは無かった。

 もしかすると話が通っていたわけではなくて、単純に鵯越の助手かなにかと思われている可能性もある。

 しかし、それでも……

「それで話というのは?」

「おたくの副会長についてだ」

「橘臣先輩か? ああ、じゃあ……例の噂絡みか」

 すぐに薬煉は察した。そしてそのまま続ける。

「僕は連絡会に出てないんだが、橘臣先輩が本当にそんなことを言ったのか?」

「ああ。その点は間違いない」

 鵯越が淡々と答えるが、その点は紫重も確認している。それよりも紗那は、むしろ薬煉がまるで興味津々、とばかりの反応を見せたことに驚いていた。

 生徒会は一心同体みたいに紗那は感じていたが、それぞれの思惑があるらしい。

 これで個別に聞き込みするという、鵯越の目論見にも説得力が出てくる。

「そうか……それで聞きたい事ってのはなんだ? それに橘臣先輩には内緒の方が良いんだろう?」

「話が早くて助かる」

「その代わり、結果が出たら僕にも教えてくれ」

「心得た。それで確認したいことは……いや、その前に副会長はあれほど校内を動き回らなくてはいけないのか。その辺りから確かめたい」

 それを聞いた薬煉は小さくうなずく。そして、

「先輩がやっているのは……簡単に言えば会計監査の一環なんだよ」

 と、返してきた。

「え? でもそれは会計の仕事じゃないの?」

 その薬煉の証言に、思わず紗那は声を上げてしまう。それに対する薬煉の対応は辛辣だった。

「会計が自分の仕事を監査してどうするんだよ」

「あ……ああ、そうよね。ごめん」

「それはわかるが、やはり出歩く理由がよくわからないな」

 鵯越の重ねての質問に、薬煉は肩をすくめた。

「それは何となく言いたいことがわかる。監査と言っても通常なら帳簿を照らし合わせれば済む話のはずなんだ。それを先輩は自ら出かけていって、それぞれの部に乗り込んで、的確に予算が使われているかを確認してゆく」

「でも、えっとそんな副会長見たこと無いんだけど……」

 恐る恐る紗那が尋ねてみると、再び薬煉の表情は険しくなった。

「そんなのわかるように乗り込んでいくはず無いだろ? 抜き打ちが一番効果的なんだ。だから乗り込むと言っても、部室の外に部長なりなんなりを呼び出してだな――」

 随分と、威圧的な監査を行っているらしい。

 曹学院はそれほど悪いことをする連中が沢山いたのだろうか? と紗那が首を捻ると、今度は薬煉が笑みで応じた。

「ああ、確かにな。“会計監査の一環”が行われているのは間違いないが、それでもああ頻繁に出ていかなくちゃならいのかは、僕にもよくわからない」

 紗那の仕草から正確にその心情を読み取って、薬煉はそれに答えたのだろう。

 鈍くては生徒会役員は務まらない、ということだ。

「他に仕事を抱えてるんじゃないのか?」

 そこに鵯越が質問を投げる。

 薬煉は、それにもすぐさま応じる。

「それはもちろんあるだろう。だけどそれは僕の管轄じゃ無い。碧氷――書記の仕事はさほど問題無いとして、そちらはやっぱり会長の管轄になるだろう?」

「実は――」

 鵯越が確認するかのように、一瞬だけ紗那に目配せする。

 どうやら、円城寺の証言を薬煉にぶつけるつもりらしい。

「――副会長が旧校舎の屋上に現れたという証言がある」

「何?」

 薬煉は眼帯に隠されていない右目を鋭くさせる。

「……それはどう考えても変だな。見間違いじゃ無いのか?」

「信頼できる筋からの情報だ」

「となると……そうだな。好きな相手を探している、みたいなのが一番平和かも知れない」

 つまり平和では無くなる可能性もあると言うことか。

 そんな薬煉の言葉に、紗那は思わずつばを飲み込んだ。


 ――これが会計・薬練頼吾の証言であった。

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