ファッションショー?
思わず目をつぶる紗那。
だが鵯越は、覚洛の右腕を絡み取ってしまう。そして、そのまま力で覚洛を押さえ込んでしまった。
「落ち着いてくれ、覚洛サン。俺は提案があると言っただけだぜ」
「く! てめぇ」
「それに覚洛サンの企み。証言も集め終わってるんだ。証人保護プログラムも稼働中で、いつでも生徒会に報告できる。今さら俺を殴ってもどうにもならない」
「ぬ! ……くっ」
一向に慌てた様子が窺えない鵯越の声で、紗那も恐る恐る目を開けることができた。その時には、もう鵯越は右腕を離し、覚洛も歯ぎしりながらではあったが、とりあえずは大人しくなっている。
「それに覚洛サン。俺は依頼があるからこそ、こんな風に首を突っ込んでるんだ。つまり俺が嗅ぎ回らなくても、とっくに手遅れってわけだ」
さらにそうやって、鵯越が“交渉”を進めてゆくと、覚洛の表情はどんどん曇っていった。
「じゃ、じゃあ、もうバレてる……?」
「覚洛サンの指示なんだろう? 一年坊主があっちへこっちへとチョロチョロしてるんだ。気付かれないはずが無いさ。ただ、実際にどんな企みがあるかまでは、女子には伝わってないようだ」
「その女は?」
いきなり覚洛に矛先を向けられて、紗那がピクリと震える。
「彼女の立場は特殊でね。それを俺が利用して女子にどれだけ伝わっているのか確認したってわけだ。彼女が同行してるのもそんな理由さ。手を出したら洒落にならないが、今の状態なら彼女から秘密が漏れることはまず無い」
「そ、そうか……」
覚洛が、そんな鵯越のハッタリに納得してしまった。
それに危うさを感じる紗那だったが、鵯越が自分を守ろうとしてくれているのはわかるので、出来るだけらしく振る舞うことにした。
鵯越の手際の良さに驚いていた部分もあったので、改めて心を整理する必要もある。
「だけど、さっきも言ったようにもう手遅れなんだ。となれば知らぬ存ぜぬで済ませることは出来ない。となれば――」
「となれば?」
引き込まれたように覚洛は鵯越に迫る。
「別の企画があったことにするんだ。それで、ミスコンについては誤魔化すしかないだろう」
「やっぱり……誰が吐いたんだ?」
「覚洛サンのやり方は派手すぎるんだよ。一体どこでやるつもりだったんだい? それに最後には誘拐でもするつもりだったのか?」
鵯越があきれたような声を上げるが、紗那にしてみれば背筋が凍り付くような脅し文句だった。
覚洛は随分無茶苦茶な計画を立てていたみたいで、それを一年生を使って実現させようとしていた――素直に想像力を働かせればこういう事になる。
「そんな事が漏れたら、生徒会だって動くよ。そう、あの副会長だって……」
そこで思わせぶりに鵯越が「副会長」という単語を口に出した。
反応する覚洛。それは紗那も同じだ。
「ま、マズいか?」
「だろうね」
「で、で、お前の提案って言うのは? 別の企画ってのは?」
どうやら鵯越の“交渉”は成功したようだ。紗那は胸の内でホッと安堵のため息を漏らす。
だが次に披露された鵯越の提案によって、紗那は再び不安になってしまうことになった。
そのままの言葉が出てきたわけでは無かったが、鵯越の提案とは即ちファッションショーだった。
まとめてしまうと体育会に所属する、それぞれの部活のユニフォームによる、ファッションショーだ。
実際、校内で試合用のユニフォームを見る機会は少ない。そこで学祭の時にファッションショーのように代表者によって展示するイベントを盛り込むと同時に、広く意見を集める。
それと同時に模擬店ぐらいしか学祭に参加する動機がなかった体育会に所属する部活にも積極的に参加して貰えるし、何より部員勧誘の機会にもなる。
学祭ともなれば、入学希望の中学生も見学にやって来るものだからだ。
覚洛が言いだしたこの催しの原型は、女子テニス部部長、
体育会会長である円城寺から提出されたことで、生徒会もこれを無下に却下は出来ないし、何よりこの提案はなかなか魅力的である事は間違いない。
生徒会長、
それはつまり、鵯越が空流に繋がる“パイプ”を入手したと言うことになり、そういった意味では確かに鵯越の予言通りとなったわけだ。
そして、その成果は――
「ダメだな。あの副会長が特別に思っているような奴はいないぞ。俺たち、体育会の男子部員は全部ダメだ」
覚洛は再び一年生をこき使って、そんな情報を集めたらしい。
それは何だか悲惨さを想像させてしまう報告だったが、それだけに説得力があった。
紗那はそう判断する。
その傍らにいる鵯越もその報告にうなずいていた。
今は空手部の部室では無く――覚洛の出で立ちは同じだったが――食堂の丸テーブルに四人が腰掛けている。
四人というのは、紗那、鵯越、覚洛にプラスして、円城寺も加わっているからだ。いつの間にか鵯越は円城寺も抱き込んでしまったらしい。
そもそもの覚洛の企みについては、見逃すと言うことで話はついていた。実質的な被害もないわけだし、こうやって体育会にとってはプラスになって決着したのだから。
その円城寺が、大物らしい鷹揚さで覚洛の証言に続ける。
「そもそも橘臣は、体育会には興味は無いんじゃないか?」
鵯越の調査についても、円城寺は了承済みだ。鵯越がファッションショーの本当の発案者であることで、円城寺は協力してくれる気なったらしい。縦ロールのロングヘアを揺らし、それだけに覚洛よりもさらに威圧的な雰囲気で円城寺は、そう推測を述べた。
「円城寺さんは、副会長と個人的に?」
紗那がそんな風に確認すると、円城寺はゆっくりとうなずいた。
「ああ。だから何となくわかるんだ。もっとも体育会に関心がないと言うよりは、全ての生徒に対しての関心が平均的なんだろう。生徒会役員としては、そのほうが良いんだろうさ」
「でもな」
その円城寺の言葉に、覚洛が反論した。
「あの副会長、誰かを探しているとしか思えないような動きをしてるらしいぜ。それで、何だか浮かれちまった奴も結構いるみたいだ」
その言葉に、鵯越がソフト帽を人差し指で持ち上げた。
「――円城寺さん。その辺りはどうだい?」
「私は別にアイツの行動を監視してるわけじゃ無いさ」
鵯越の質問に、円城寺は素っ気なく答える。
だが、次の瞬間にはわずかに眉が寄った。
「ああでも……言われてみれば、よくわからない場所で橘臣を見かけることがあるね。テニスコートから屋上を見上げてしまうことがあるんだが――」
テニスのサーブとなると、そんなこともありえるだろう。
「確かに屋上で橘臣を見たことがある。あれは生徒会の活動だったのか……そもそも立ち入り禁止だったはずだ。旧校舎だったしな」
「それは……」
思わず紗那はツバを飲み込んだ。
確かにそれは「怪しい」と言っても良いような目撃証言だ。
しかし、その証言が指し示す事とは……
――紗那が確認しようとする鵯越の目は、ソフト帽に隠れていた。
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