プレゼンテーション?

 こうして二人が向かったのは、空手部の部室だった。部室の場所は校舎裏というわけではないのだが“なんとなく”人を寄せ付けない雰囲気がある場所に、他の武道系部室と共に固めて配置されていた。

 人通りが少ないから、こういった部活の部室が配置されたのか、それともこういった部室があるから人通りが少なくなってしまったのか。

 ただ、余り近付きたくない、というのがほとんどの生徒の正直な気持ちではあるのだろう。

 その点は紗那も同じ心境だ。

「君は、記録は自分の仕事だと……そう主張するタイプでは無いのか?」

 紗那が行き先を知って、露骨に顔をしかめてみせると鵯越からそんな風に驚かれてしまった。どうも、その手の映画か何かを観てしまったことで、紗那をそういったキャラクター――気の強いヒロインあたりだろうか――に当てはめてしまったらしい。

 だから手間をはぶくつもりで、紗那に同行を勧めたらしいのだが、そうではないと知ると、途端に鵯越のソフト帽はますます斜めになった。

「では、君は引き返した方が良い。どう考えても荒事になる」

「え……? ケンカとか?」

「そこまではいかないように交渉するつもりだが……まず間違いなく、大声で恫喝されるぞ?」

 それは確かに怖い。

 紗那は一瞬怯んだが、その時にはもう、あの男子生徒がなぜあんな状態だったのか。そしてその説明を鵯越から受けてしまってる。

 そうなってしまうと、本当に鵯越の考えが正しいのか? という好奇心。それに本当にそんな計画があるなら、なくなってほしいという願い。

 さらには鵯越の活動を取材しなければならないという義務感。

 そういった引くに引けない感情が、紗那の背中を後押ししてしまっていた。

「……と、とりあえず、ケンカにはならないようにして」

 紗那は何とかそれだけを主張した。

 鵯越はその訴えに対してソフト帽を傾け、

「努力しよう」

 と、それだけを短く告げた。


 あの男子生徒のおかしな行動について、鵯越は実に簡単に謎解きしてみせた。

「あれはな。ただ、声を聴いていただけだ」

「声?」

「声というか……つまりは『名前』を確認しようとしてたんだ」

「え……何だかそれも気持ち悪いんだけど」

 その辺りが、一般的な反応であることは間違いない。だが、あまりにも直接的な言葉に紗那自身が驚いてしまった。慌ててフォローしてしまう。

「……えっと、つまり好きな人の名前を知りたいって事なのかな?」

「確かにそれでも説明出来る。意中の相手に、自分の恋心が知られるのは恥ずかしいという感情は理解しやすい――その果てにああいった行為に走るのは男として許せない部分があるが」

 ハードボイルドを追求――なのだろう――している鵯越らしい言葉に、紗那も大きくうなずいた。

 歩きながらであったので、何だかおかしな具合になってしまったが。

「しかし、恋心とは違うことが数日の調査で明らかになった。何しろ、問題の男子生徒と女生徒との間に接触が確認出来なかったからだ」

「あ、そうなんだ。じゃあ、あれが初めて? ん? でもそれじゃ……」

「簡単に結論を言ってしまうと、男子は調査してたんだ。だが、それをおおっぴらにしたくなかった。名前を知りたがっている、ということさえ隠したい」

「誰かにそれを知られるのもいやだって事?」

「俺ならば、その辺りは堂々と行った方が良いように思うがな……だが、そんなアドバイスをする義務はない」

「とにかく理由はわかったよ。それで、名前をこっそり知りたい理由は?」

「これも簡単な話なんだがな。夏休みが明ければ学祭になるだろ?」

「そうね」

 まさにその学祭のために、紗那はこういった状態になっている。

「その開催中に、実はこっそりとある企画が動いていてな。ある種の伝統と言ってもいい」

「企画? 何かで参加しよう、みたいな」

「ミスコンだ。学校で一番の美女を、決めてしまおう。これもまたありふれた話なんだがな」

「あ~~」

 納得と同時に、紗那は言いようのない気だるさを感じた。

 ただ、それだと……

「名前を聞く、というかあんなに大袈裟になっちゃうのは変じゃない?」

 後ろめたくなる気持ちは紗那にも理解出来るが、それにしても、あの男子生徒の緊張した表情はただ事では無かった。

「その理由は、空手部に乗り込めばはっきりする。今の部長が、どうにも面倒な人物でな」

「え?」

 という次第で、二人は空手部に乗り込むことになったわけである。


 空手部主将、覚洛かくらく磨拓またく

 その第一印象としては、太っているデブと言うことになってしまうだろう。

 ジャージの上から空手着を着ているのだが、それでなんとか体型を隠そうとという、おかしな洒落っ気の持ち主であるらしい。

 そう思って見ると、やたらに後ろ毛が長い事も――何だか釈然としない。

 その覚洛と鵯越は一対一で向かい合っている形だ。

 紗那は部室の扉に近い場所に立って、いつでも逃げ出せる構えだ。

「なんだあ!? またお前か、鵯越!!」

 覚洛の大声が響き渡る。

 何やら二人には因縁があるらしいが――

「そう、急くなよ覚洛サン。俺はこれでも、建設的なをしに来たんだぜ?」

 一方で、鵯越もいつも以上に不敵な構えだ。それに覚洛の大声にびびった様子は無い。それどころか逆に、覚洛を煽っているようにも見える。

 これではまるでケンカを売っているような……そう紗那が思った瞬間、覚洛の右手が振り上げられた。

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