第三話 ディスタンス・ストーカー

ダブルブッキング?

 今度は待ち合わせするまでもなかった。何しろ鵯越が紗那の前に姿を現したのであるから。

 だが、それは紗那を迎えに来たわけではない。

 たまたま紗那と鵯越が、放課後にかち合っただけの話である。だから紗那は目の前を通り過ぎたソフト帽目がけて、思わず声を掛けてしまった。

「鵯越くん!」

 鵯越はそれに反応して、一瞬だけ振り返ると、ついてこいと言わんばかりに肩を回してみせる。

 その扱いに、紗那は憮然とした表情になりながらもそれに従うことにした。

 どちらにしても、ついていかなければ文句も届かないのだ。

「鵯越くん。今日の予定は?」

「そちらの件は一端保留だ。いまは別件で動いている」

「“別件”?」

 紗那は鵯越から思いもよらぬ言葉が出てきたことで、虚を突かれてしまった。

 その理由は色々あるが、まず第一にこちらの依頼を後回しにされた怒り。それと同時に「他に鵯越に依頼するものがいる」という、すぐには信じられない“現象”を受け止めきれなかったからだ。

「そう。本来ならこちらの方が先口だ。前回は手短にまとめられる可能性があったが、こうなってはしかない」

「あ、でも……」

「シッ。黙って」

 突然、鵯越が廊下の角に身を隠した。紗那もとっさにそれに付き合ってしまう。

 そのまま紗那が鵯越の視線の先を追うと……

「え? あれが犯人?」

 視線の先には階段へと続く廊下の影に隠れている男子生徒がいた。紗那達と同じように影に身を潜めている。

 これはひょっとして、ストーカーなのではないか? と、紗那が構えるが、その男子生徒は影にただ佇んでいるだけで、あまり隠れているという感じでは無い。

 実際、階段へと向かう他の生徒達も「邪魔だな」と思うぐらいで、平然とその男子生徒の脇を通り過ぎていくだけだ。

 なんとなく、ボーッと立っているだけ。

 ……その辺りが、その男子生徒を説明するのには妥当なところだろう。

 これで手にスマホなりカメラなりを持っていれば、即座に「不審者」となるところなのだが、今のところは「ただの危ない人」というわけで、近付かなければ害はない、という風に扱われている。

 むしろ自分たちの方がよほど「不審者」扱いだ。

 自分たちに向けられる視線の方がよほど厳しい。

「……あの~、これは……?」

 あの男子生徒は何をしているのか。それとも自分たちは何をしているのか。それがまとめて伝われば良いな、という願いを込めて紗那は鵯越に話しかける。

「ああ、今は最後の確認中だ。傍証としては三件ほど確認出来れば間違いないだろうと考えている――俺の流儀だがな」

 ソフト帽をますます斜めにかぶりながら、鵯越はまったく要領を得ない説明を繰り広げる。とにかく何やら“足で稼ぐ”を実行中である事は、何となく窺えるが、それでは紗那も納得出来ない。

「ですから――」

「シッ! 来たようだ」

 再び、紗那は鵯越から静かにするよう注意されてしまう。仕方なく紗那が黙り込んだタイミングで、問題の男子生徒が壁に寄り添った。

 今度こそ、不審者への道を歩むつもりらしいが、それでも壁に背中を押し当てて直立不動の構えは変わらないようだ。

 本当に、何を考えているのか――

 いよいよ紗那が首を捻ったタイミングで、男子生徒から近い教室の扉が開けられた。そして女生徒が三人、教室から出てくる。

 その女生徒に何か用がある――あるいは盗撮でもする気なのかと紗那は緊張したが、男子生徒はただジッと立ち尽くしたまま。

 では出てきた女生徒が無関係かというと、そんな事も無いようで、男子生徒は随分緊張した表情を浮かべている。

(あれ? もしかして一年生なのかな?)

 そんな男子生徒の様子から紗那はそう感じたが、それが本当だったとしても、それでこの状況を説明出来るわけではない。

 結局黙って見続けるしか無くて、そうこうしているうちに女生徒達は何か楽しそうにおしゃべりしながら向こう側に歩いて行ってしまった。

 それに男子生徒がついていくかと思いきや――何だかやり切った表情で、階段へと移動してゆく。

 聞こえてくる音の方向で考えると、そのまま降りていったらしい。

 そこまで状況が変化すると、今度は鵯越が満足げに身体を伸ばした。

「あの……これで良かったの? 何にもわからなかったんだけど」

 紗那も身体を起こしながら、鵯越に尋ねてみる。

「いや。確認出来た。これでこの件の下調べは終わりだ」

「じゃあ、こっちの依頼を――」

「ダメだ。こっちを先に片付ける。言っただろう? 下調べが終わっただけだと」

「それはまぁ」

「それにこの件を片付けることは、そちらの依頼を済ませることに役に立つ」

 鵯越は、ソフト帽をかぶり直す。珍しく笑みを見せながら。

「そうなると、君はこれから先の顛末を知った方が良いのかも知れないな。何しろ、そういう依頼だ」

 何だかおかしな事になってしまったが、副会長の想い人捜しに関係があるといわれれば。紗那としては同行するしかないわけで。

 しかし、このままではわけのわからないままに連れ回されるだけ。となれば……

「わかった。ついていく。その代わりに、歩きながら説明して」

「いいだろう」

 鵯越は軽くうなずき、二人は男子生徒を追うように階段を降りていった。

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