極めて冷静な結論
「すまないが、少し解説してくれないか? この犬伏さんが、ついて行けなくなっている。なぜか彼女に捜査状況を伝えることも依頼のウチに含まれていてな。それに俺も、確認の必要がある」
紗那の混乱振りを察したのか、鵯越がソフト帽を斜めに被り直しながら、そう要求した。
「まず、女性向けの作品では無いと言うことだが――」
「そ、そうです。そんな事、調べもしないで……」
鵯越の加勢で、紗那は何とか持ち直した。そして、その反動で思っていたことを、そのまま口にしてしまう。
それに対して春家は、三角フレームの眼鏡を持ち上げながら悠然と言い返した。
「この問題が、普通に調べることで何とかなると考えているなら、そもそも我々に訊きに来る必要は無い」
「すまない。彼女は素人なんだ。勘弁してやってくれ」
――素人!?
と、鵯越に馬鹿にされた気もする紗那であったが、果たしてここで素人じゃないと反論することが正しいのか。
そもそも、何をどうしたら「
そして生まれる一瞬の空白。その空白に、鵯越はさらに言葉をねじ込んだ。
「そちらの判断は尊重している。ただその結論に達するまでの過程を説明して欲しい――そういうことなんだ」
「うるさくなるが?」
「構わない。そこを受け入れるのも彼女の仕事の範疇だ」
「え?」
反射的に声を上げてしまう紗那。けれど原稿を書くためためでもあるし、確かに説明は欲しかったところだ。紗那は改めて、
「お願いします」
と、頭を下げることにする。
「ああ――まずは単純な話だが“ラバーストラップ”という商品展開を行っている作品でなければならないという前提がある」
「ああ、それはそうですね」
紗那が納得の頷きを返すと、春家は仕切り直すように再びフレームを持ち上げた。
「こういった作品で最も多いのが、いわゆる“アイドルもの”だ。だから基本的に、そういった商品であれば着ている服は舞台衣装、そういったものに近いコスチュームであるはずなんだ。それが制服だけとは……」
「だが、そういったものが無いとは思えないが。例えば、アイドルものに限った話ではない。スポーツものなら必然的に部活、ひいては学校生活も描かれることもあるわけだ。男キャラがフィーチャーされる可能性として」
今度は櫂目から質問が飛んだ。
らしくなってきたわ、と紗那はうんうんと細かくうなずく。
「それはすでに検討済みだ。何しろそういったジャンルであれば、原作が漫画である事がほとんどで、情報も集まりやすい。だからこそ断言出来る。女性向けでそういったキャラクターのラバーストラップは無い、と」
ここで春家の言葉が元に戻ったわけだが、今度は十分な説得力を伴っていた。
となれば、気になるのは、何事か頷き合っていた櫂目と猿馬の動きだ。紗那は期待を込めて、二人に視線を移す。
「僕たちがすぐに思いついたのは……」
それを予期していたのだろう。猿馬が、的確な反応を見せる。
「……特徴が無さ過ぎるという点なんだ。そしてこれは、あるジャンルに登場するキャラクターに良くある“特徴”でもある」
「そんな体面を気にしてどうする? そんなものに頓着している場所に俺たちは立っていないはずだ。――そのジャンルとは、つまりはエロゲーだ。その主人公だな。外見上はわかりやすい要素をこそぎ落としたようなビジュアル。それはそうだろう。何しろプレイヤーの分身になる必要があるのだから」
「え、エロゲーって……」
櫂目の説明は、それなりに説得力があったわけだが、紗那は当たり前に「エロゲー」という単語に反応してしまう。
それは紗那が女子であるということはもちろん、そもそもの問題として……
「高校生が知ってるはず無いじゃないですか!」
「落ち着け犬伏くん。言ったはずだぞ。これは“汚れ仕事”だと」
声を上げる紗那を、すぐさま鵯越が抑えた。そして猿馬がフォローする。
「落ち着いてくれ。確かに、そういう問題もあるだろう。だが最初がエロゲーだったとしても、その後コンシューマに移植されることもままあるんだ。こうなってしまうと高校生が知っていても何ら問題は無いんだよ」
「こん……しゅーまい?」
猿馬の言葉に対して、聞き慣れぬ言葉を聞いたと紗那は首を捻った。
その瞬間「三賢人」は黙って視線を逸らし、唯一残された鵯越がフォローする。
「コンシューマ。つまりは家庭用のゲーム機をまとめてこう呼ぶ――これで理解出来るか?」
「わ、わかるよ。うん大丈夫……え? でも元はその……裸が出てくるような……」
「だから、そういった部分を、ある程度許容された画像に差し替えて移植されるわけだ。あるいは全面的にカットされたり差し替えされたりとか。それでも男キャラのラバーストラップが作られるとなると、かなりの成功を集めなくてはダメだろうな」
櫂目の説明を猿馬が引き継いだ。
「うん。エロゲーの申し訳程度の特典で男キャラがラバーストラップになる可能性は無いね」
……冷静になってみると、猿馬の発言はかなり問題がある気がしたが、紗那も今度はスルーできた。そして鵯越がさらに追求する。
「では、候補は絞られると?」
「ああ。スマホを使わせて貰えるなら――」
「構わない」
「ありがとう。すでに候補はあるんだ」
「これだな。作品名は『歯車仕掛けのチェインリアクション』。その主役の『
まるで連鎖しているかのように二人は言葉を並べ、ついには櫂目があるキャラクターをスマホに表示して見せた。
どうやらキャラ名を直接検索して、表示させたらしい。そうとしか考えられない対応の早さだ。そして――
「それだ」
と、画像を見た瞬間、鵯越が断言した。
確かに先ほど鵯越が挙げた特徴に一致しているし、何か違和感を感じるネクタイの色、そして柄も一致している。
だがこうなってしまうと……
「副会長は……」
一体どういう意図で、それを鞄にぶら下げているのか?
そういう疑問が出来上がってしまう。紗那はそれに気付いてしまい、思わず言い淀んだのだ。
だが「三賢人」は全員が冷めた表情で首を振った。
「よくあるんだよ、こういう事は。キャラにも何にもこだわりが無いという状態。つまりは関心がない。つまり無視だ。そして、そんな状況では嫌悪感も発生せず――」
「誰かのいたずらが不発に終わり、そのまま放置される。いたずらを仕掛けたものも、これではネタばらしも出来ず――」
「第一候補は、家族の誰か。ただはっきりしているのは、副会長がそのキャラに入れ込んでいるという可能性は限りなくゼロに近い」
「三賢人」の連鎖は、春家の断言で締められた。
「――よくわかった。どうやら、副会長は現実の人物に思いを寄せているらしい。それがわかったことは、大きな前進だ」
鵯越は、そう言うとソフト帽を胸に抱いて、恭しく頭を下げた。紗那も慌ててそれに倣う。
「三賢人」は、それぞれがうなずき、そして鵯越と紗那は「彼方境目」を後にする。
――果たしてこれが「前進」かどうかは意見の分かれるところだろう。
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