三賢人、現る

(準備?)

 と、紗那は心の中で鵯越の言葉に疑問を抱いていた。しかしそれを確認するよりも早く、

「入りたまえ」

 という妙に大袈裟な言い回しで声が返ってきた。こうなったら見た方が早いに違いない。鵯越がガラガラと扉を開け「彼方境目」に乗り込み、紗那もそれに続いた。

 するとまず目に飛び込んでくるのは、旧式の机がうずたかく積まれている光景。

 なるほどこんな風に物置として使うのが、この教室の使用法として無難な選択で――そして危なくもある。人がいる時に机が崩れてくれば、なかなか洒落になりそうもない。

 施錠されてる理由も納得だが、その鍵を開けてしまった“誰か”がここに居るわけで――

 次に目に付くのは、廊下に一番近い場所にポツンと立ち尽くしている男子生徒だ。

 逆立てた髪をオールバックのように流し、掛けている眼鏡は丸レンズで、横に並ぶように四つレンズが取り付けられている。

 とにかく、まず目に入った人物がこんな状態だ。紗那は思わず首を捻る。

(……“賢人”だったはずだけど)

 続いて教室の中央、積み重ねられた机の山の中に一カ所へこんだ部分があり、そのヘコみに合わせるように、机に腰掛けている男子生徒がいる。

 体は横に大きく、なんとなく「なるほど」と感じてしまうフィット感だ。

 掛けている眼鏡は小ぶりなアンダーリム。

 そして窓際にいる残りの一人は、比較的まともそうに見える、これまた男子生徒だ。掛けてる眼鏡のフレームは三角である。

 この三人を見て、紗那が理解したのは「なるほど“準備”とはこういう事か」という納得。

 そして「賢人とは眼鏡を掛けているもの」という発想は、どうかと思うという半ばクレームめいた感想。

 何しろこの三人は――

「えっと、櫂目かいめ先輩と、猿馬さるば先輩と、春家はるか先輩ですよね? 何してるんですか?」

 ――なのであるから。

 ちなみに紗那が呼びかけた順番が、そのまま廊下側から並んでいる順番だ。

 そして「三賢人」として登場した三人は、それぞれ放送部部長、演劇部部長、美術部長というわけで……放課後、こんな場所で遊んでいて良いのだろうか? という素朴な疑問が紗那の胸に湧き上がった。

「そんな現世うつしよの名を、この『彼方境目』で持ち出すのは行儀が悪いな」

 色々と確認したい事が増えてしまう櫂目の発言であったが、とにかく大仰な返事を返してきたのは櫂目であることは確認出来た。

「は、はい……すいません」

 そして、三人が三人とも上級生――三年であるのだ。

 紗那は、無難に頭を下げておくことにした。

「そんなに緊張しなくても良いよ。ただ僕たちは持ち込まれた相談に興味があっただけだ」

「そう。問題のキャラクターの特徴は?」

 猿馬と春家が続けて声を出した。それに話を前に進めようとしている。それほど暇では無いのだろう。

「ああ。では始めさせて貰う」

 鵯越も、三人に物怖じすることなく、それに応じた。

 いや、そもそも物怖じする必要はないのだが……


 鵯越が最初に提示したキャラクターの特徴とは、

 ――特に目立った特徴はなく、ただ真っ直ぐ立っていた。

 ――制服を着崩して着ている。シャツの裾は出したまま。

 ――髪も無造作に切っていただけのように見える。目つきも確かに悪かった。

 という、紗那にしてみれば、まったく手掛かりになりそうも無いものばかりだった。

 だが鵯越の説明の最中、すぐに櫂目は猿馬に目配せをして、二人は何やら頷き合い、すでに何かしらの手掛かりを掴んだように見える。

 しかしすぐには声を上げずに、そのまま鵯越に説明を続けさせた。残りの春家に十分な情報を与えるためなのだろう。どうやら、この問題に対して特に詳しいと思われているのは春家であるらしい。

 やがて、鵯越の説明が終わる。

「……そして、特徴的なのは黄色地にチェックのネクタイだな。制服自体がダークブルーだったので、少し違和感を案じた」

「ネクタイの色は、学年を表しているかも知れない」

 突然、春家が声を漏らした。

 確かにそういう設定はあるかも知れない、と紗那は頷きながら、他の二人の意見を待つことにする。

 よくよく考えれば、この三賢人とは即ち「オタク趣味」の持ち主である事は明白で、だからこそ鵯越が相談を持ちかけたのだろう。

 紗那は「アニメ」についてはよくわからないが、自分も十分な「本オタク」だと思っている。

 それなら次に起こる事は、三人による激しいやり取りになるはずだ。

 しかも、問題のラバーストラップを持っていたのは副会長・橘臣空流なのである。

 同じ趣味の仲間が増えることは、嬉しいことで、それがあの空流かも知れないのなら――恐らく三人は、興奮気味でこの問題を片付けようと躍起やっきになるに違いない。

 だからこそ紗那は覚悟を決めて、そんな“騒動”が起こるのを待った。

 しかし「三賢人」は落ち着き払って、紗那にこう告げる。

「君は俺たちがオタクであると思っているな?」

「それは間違いない。しかし、それだけでは不十分なんだ」

「我々は、仲間が増えることを喜ぶ段階はすでに

 ――それはつまり、どういうことなのか。

 混乱する紗那だったが「三賢人」と鵯越は、そのまま話を先に進めた。

「一番、蓋然性が高いのは女性向け作品、そして乙女ゲームをモチーフにしたものであるパターンだ」

 やはり春家が、この質問に関しての専門家であるらしい。

 だがその表情は晴れない。

「だがどうにも思い当たるキャラクターが出てこない。これは恐らく、女性向けの作品では無い、ということだろう」

 そんな春家の言葉で、さらに紗那は混乱した。


 ――うるさくないオタクはオタクで、問題があるようだ。

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