第二話 三賢人は関わらず

今度はソフト帽

 紗那は約束の場所、正門近くにある銅像へと向かっていた。

 何代か前の校長なのかなんなのか。つまりはよくわからないおじさんの胸像が、身長ほどの石の台座の上にポツンと置かれている。

 校門から入れば自然と目に付く場所に設置されているのだが、その校門から見れば死角になる台座の影。植え込みの隙間。そういった学校の影に――その男子生徒はいた。

 夏の制服姿。リボンタイ。そして斜めに被った白のソフト帽。正直に言ってしまえば、タバコを咥えてないことに違和感を感じる様な雰囲気だ。

 「探偵」と言っても、それはいわゆるハードボイルドタイプを標榜しているらしい。

「あ、あの鵯越……さん?」

 同学年とは聞いていたが、なぜか自然と付けしてしまう紗那。それは、出来れば近付きたくない、という紗那の心境の表れなのだろう。

「そうだ。君が犬伏さんだな。依頼の内容は、紫重さんから聞いている――では、行こうか」

「あ、あのどこへ?」

 その紗那の質問に対して、鵯越はますますソフト帽を斜めに傾け、こう答えた。

「これからの方針を、歩きながら説明しよう。俺は“足で稼ぐ”タイプなんだ」

「足で?」

「そうだ。捜査の基本は、地道な聞き込みからだ」

「そ、そうなんだ。でも、うん。なるほど」

 どうやら、見た目とは違って随分真面目に取り組んでくれるらしい。

 そう考えた紗那は、ホッと安堵の息を漏らしたのだが……鵯越の説明が始まると同時に、その安堵は早々に揺るがされることとなった。


 鵯越は早速、聞き込みの段取りを整えてくれていたらしい。

 そこまでは良いとして、その聞き込み対象が「三賢人」と鵯越に告げられたことによって、紗那はまず首を捻った。

 何かの通称なのだろう、とは紗那も想像出来たのだが、どうにも言葉の選択が大袈裟すぎる――いや、その前に、その「三賢人」に聞き込みするという方針がよくわからない。

 次に聞き込みに行く場所。

 それを鵯越は「彼方境目」などと呼んでいたが、何のことはない。

 旧校舎と新校舎の境目、その四階にある使われていない教室を「彼方境目」という言葉で示しているらしい。

 なんとも子供っぽいし、何よりその教室はしっかり施錠されていたはずで、そこで聞き込みというのは……どうにも胡散臭い話である。

「それで、なぜその三人に話を聞く必要が?」

「俺としては、外堀を埋めたい」

 靴を履き替え――そもそも、なぜ外で待ち合わせをしたのかという疑問は置くとして――階段を登りながら鵯越の説明は続く。

「この依頼は、副会長の好きな相手は誰か? ――を探れという話だったはずだ」

「ええと、はい。そうね」

 そんな風に言葉にされてしまうと、なんとも大袈裟なことになってしまったと、紗那は思わず首を傾げてしまった。

 そんな紗那の様子を見て、

「気にするな。そんな汚れ仕事は俺の専門だ」

 と、うそぶく鵯越。

 その発言を聞いて、

「悪い人ではないみたい」と考えるべきか、きっぱりと「おかしな人」だとさらに警戒すべきなのか。

 部長は、どういう経緯でこの「探偵」との間にコネを作ることが出来たのか……

「それで俺は以前に見たことがあるんだ。副会長の鞄にラバーストラップが吊されているのを」

「ラバーストラップ? ええと、それは何かのアニメの?」

「そうだとは思うんだが、それがはっきりしない。そういう感じの絵である事は間違いないと思うんだが」

「それって写真……は無理か」

 ここで写真がある、などと鵯越が言い出したら、確実に胡散臭さが増すところなのだが、さすがにそういう展開は無く。

 その代わり、というべきか、さすがと言うべきか、鵯越はこんな事を言い出した。

「俺の記憶の中では、しっかり像を結んでいるのだが、どうにもそれで俺が絵を描くというわけにはいかなくてな」

 絵は苦手だ、ということなのだろう。

 紗那もそれには理解を示したものの、そうなれば即ち「お手上げ」になるのではないのだろうか。

「そこで、三賢人だ。彼らなら俺が特徴を告げただけで、キャラを特定させる可能性がある」

 続けての鵯越の説明で、ようやく紗那も、これからなんのために聞き込みが行われようとしているのか理解することが出来た。

 だがしかし――

「そのキャラがわかって……それで、それが副会長の想い人かどうかはわからないんじゃ? 確かに、そういったキャラクターに入れ込む可能性もあると思うけど」

「そういった可能性の追求も、三賢人に任せてみようと思っている。というか、それ以上の方法を思いつかない」

 それは確かに効率的で、そして紗那にも他に良い考えがあるわけではない。

 副会長がラバーストラップを吊していたというなら、確かに確認しておきたい事柄で、そしてそれは確かに――外堀だ。

「……さて、準備は終わっていれば良いんだが。――いいか? 俺だ」

 辿り着いた「彼方境目」の扉に向かって、鵯越が呼びかけた。

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