幕間その一 編集会議は終わらない

その一

 こうして学祭に向けての文集、そのための原稿を犬伏いぬぶせ紗那しゃなは文芸部部長、紫重しがさね三十さんじゅうに提出した。

 別に長編を要求されたわけでも無いし、そもそも文集に長編を掲載できるような余裕は無い。

 つまり短編前提で、そういう前提のある中で、紗那はなかなか良いものが書けたと思っていた。

 何だかミステリー風で、ホラーっぽくて、謎解きもあって、それで最終的には恋バナに落ち着いた。

 問題があるとするなら……

「犬伏くん。これノンフィクション――だね?」

 部室のスチール机の上に、紗那が提出した原稿を綺麗に並べながら紫重は紗那に問いただす。頭に乗せたハンチング帽を人差し指で持ち上げながら。

 椅子に腰掛けている紫重に対して、紗那は何だか呼び出されたような風情で、その前で佇んでいた。何やら雰囲気的に今から紗那が怒られるような流れだ。

「は、はい。ええと、いい題材がありましたので」

「当人たちの許可は?」

「それは問題無く」

「当人たちが良いというなら、それはまぁ、良いとしてだ」

 紫重は尚も難しい表情を浮かべ続ける。

「……犬伏くん、これで終わりじゃ無いだろうね?」

「え?」

 意外なことを言われたとばかりに、紗那は一歩後退した。

 緩やかにカールした、紗那のセミロングの髪が左耳に添えられた羽根飾りのヘアピンを煌めかせながら揺れる。

 そんな紗那を見て、紫重はわざとらしくため息をついた。

「これじゃ、橘臣副会長の想い人が誰だか、さっぱり判然としないじゃ無いか」

「あ、でも、それは……」

 紗那としては、そこまで踏み込むつもりはなかった。あくまで話のきっかけとして、今学院中で話題の話を――利用したことになってしまうのか。

 そうと気付かされた紗那としては、

「……そうですね。わかりませんね」

 と答えるしかない。

「だろう? 君のこの短編は良い出来だと思うが――いや実際にあったことなんだよね?」

「そ、それは多少は手をいれましたけど」

「その辺りは良い。許可も貰っているんだからね。ただ、基本的にノンフィクションであるだけに、この状態のままで終わってしまっては問題があると思うんだ」

「問題、ですか」

「幸い、この“探偵”だね。嶺久も口にしたようだが、この探偵――鵯越に僕も繋ぎを取ることは出来る。ここは犬伏くん」

「はい」

「取材、と洒落込んでみないか?」

「え? でも、別に私は記者というわけでは……」

「取材活動も、立派な作家活動の一端だよ。だから、やってみてくれないか犬伏くん。僕は上と掛け合って、ページ数を確保するから」

 何だか本当に新聞でも作りそうな勢いだ。

 しかし、あの副会長の想い人と言うことになれば、確かに紗那も興味がある。

「では、その……ええと鵯越先輩に――」

「アイツは君と同じ二年生だ」

「あ、そうなんですね。その鵯越……くんに依頼、というところから?」

 考えてみれば、副会長の想い人を調べることと、探偵は関係あるようで、関係ない気もするのだが、話の流れとしてはそういうことになるだろう。

 となると、紗那のやることは最高に話がうまく回っても、探偵の調査に付き合って、それを短編にまとめれば良い、と言うことになる。

 だから自分で積極的に調べて回らなくてもよく、つまりは「ワトソン」みたいなポジションになるわけで……それはなかなか魅力的だと紗那には思えた。

「やってくれるようだね? 鵯越には僕から連絡しておくよ」

 タイミング良く、紫重が紗那に声を掛けた。

 それに反射的に紗那は、

「――わかりました」

 と、頷いてしまう。


 こうして、紗那の苦難が始まる――

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