探偵は登場せず

 そんな不審者、もとい星霞の行動は当然注目を浴びた。

 何しろ、休み時間ごとにポニーテールを揺らして、全力で校舎内を走り回っているのだから。

 二時間目、昼休み、そして午後の授業と、どんどん見すぼらしくなっていく星霞。

 これには先にクラスメイトたちが音を上げてしまった。そんなクラスメイトの中に、ある情報の持ち主がいたのは確率論からすれば当然の成り行きだったのかもしれない。

 つまり、その情報とは「曹学院には探偵がいる」というもの。

 星霞の行動が探偵の“それ”に似ていると、それなりに根拠のある提案だったのか。あるいは単純に厄介ごとを押し付けてしまおうという思惑があったのか。

 とにかく星霞はその提案にのってしまった。

 その結果――


「先輩! 今すぐ、そんな組織から逃げ出してください! 曹学院は随分、侵略されてるみたいだけど、せめて先輩だけは!」


 星霞が探偵の報告を受けて数日後。

 とうとう星霞は晴陽に向かって思い切った行動に出た。昼休みに晴陽を呼び出したのである。鬼気迫る、なんて言葉は女の子に使うべきでは無いのかも知れないが、他に言い様が無いほど、星霞は切迫していた。

 一方で、呼び出し受けた晴陽も十分に浮き足立っていた。

 何しろ良い雰囲気の後輩女子から、顔を真っ赤にして呼び出しを受けたのだ。そうなってしまえば、そこは男の子。どうしても「告白されるのでは?」と考えても仕方の無いところ。

 そもそも晴陽は、女子の間ではそれほど人気は高くない。

 どちらかというと「乱暴者」という印象があって、当然のことながら「告白されるかも知れない」というシチュエーションも初めてのことなのだ。

 そのために出来上がったのは、


「周囲には必死な表情を浮かべて晴陽を引っ張る女子と、浮かれた表情の男子」


 である。これに対して、いったいどう反応すれば良いのか。

 そんな周囲の戸惑いが、自然と二人を見送る形になったのは幸いと考えた方が良いに違いない。

 何しろ、きっと告白されるのだと浮かれていた晴陽にぶつけられた言葉が、控えめに言っても「純粋な電波」である、あの言葉なのだから。


 二人が辿り着いた場所は、多少は人通りが少なくなる旧校舎。惜しむらくは電波が少なくなるなんて事は無くて、受信状況は尚も好調。三本立った状態でさらなる電波が晴陽に差し込まれた。

「私、気付いたんです。いえ、そう教えられたんですけど……先輩! 時々、空見あげてますよね。それって洗脳されかかってる証拠なんです。最初は先輩と副会長だけかと思ったんですけど、実はこの学院にはそんな風に空を見上げてる人が沢山いて」

 星霞は留まるところを知らない。

「それでですね。私が思うに副会長はもうすっかり侵略されてるんじゃないかって。だから先輩が副会長を好きになっても――」

「待て! 待てよ、樽粕! まず“副会長”って、橘臣のことで良いんだよな?」

「そうです。先輩は副会長が気なっているかも知れないけど――」

「それはない。俺が橘臣を好きになるなんて事はあり得ないから。大体、アイツは……ああ、そうか。それでか」

 突然、理解の色を浮かべた晴陽。

 一方で星霞は、晴陽が「好きになるはずがない」とキッパリ言ったことで、とにかく一旦は落ち着くことが出来たらしい。

 目をパチクリとさせながら、晴陽を見つめ続ける。

「その、空を見上げるのもな。簡単な話なんだよ。あれは空を見上げたんじゃないんだ。思わず上を見上げてたのは、上の方にスピーカーがあったからなんだよ」

「スピーカ-?」

 星霞はコテンと首を傾げた。

 ポニーテールが、それにつれてやっぱりコテンと傾く。

 そんな星霞の様子を見て、晴陽は頬を染めるが、そこは強い意志で乗り切って、さらに説明を続けた。

「スピーカーというか、原因は帰宅放送なんだよ。樽粕が住んでる地域ではなかったのか? 夕方になると、プワ~ってラッパの音が響いてきて。それで、怖いおじさんの声がしてだな。子供はみんな家に帰るように急かされるんだ」

 一気に、そこまで話した晴陽はそこで改めて息を吸い込んだ。

「橘臣も俺と同じ地域に住んでるんだよ。この学校にも結構いる。だから空を見上げてる奴も結構いるんだ。これは……あれだ」

「条件反射、ですか?」

「そう。それだ。それで、その組織だのなんだの言い出したのは誰なんだ?」

「え、えっと……た、探偵です」

「探偵? 探偵って、アイツか? 鵯越ひよどりごえの奴か!」

 探偵はなかなかに有名らしい。

 その「探偵」の前に「名」が付くのか「迷」が付くのかは、はっきりとはわからないが、とにかく星霞は自分がすっかり勘違いをしていることを理解してしまった。

 何しろ、晴陽の話はわかりやすい上に、気になっていた全ての事柄を説明してしまっているのだから。

 そして勘違いが訂正され、残ったものは――

 残ったものは……

「な、なぁ、樽粕」

「ひゃ、はわ、ひゃ、ひゃい」

 星霞は気付いてしまった。

 晴陽も気付いてしまった。

 残されたものは星霞が晴陽を“特別”だと考えていると言うこと。

 それはもう、告白でしかなくて。

「あ、あのだな。おかしな事になったけど、つまりは樽粕が俺のことが……で、良いのか?」

 それでも晴陽は確認する。初めてのことなのだ。

 だから星霞は、一瞬逃げ出しそうになった。でも、その場で踏みとどまる。

 その理由は――真っ赤に染まった晴陽の顔を見てしまったから。

 そして自分もきっと同じように真っ赤になっているはずで。

「嬉しい! 嬉しいよ樽粕! 良かった! 今度は勘違いじゃ無いよな? なんか罰ゲームとか……」

「好きです先輩!」

 出し抜けに星霞は告白した。

 もう、それ以外の世界みらいは必要無かった。

「うん! 俺もだ!」

 そして同じ世界みらいを晴陽も選んだ。


 ――こうして不器用な二人の未来は紆余曲折の果てに、寄り添うことになったのである。

 

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