夢・デマ・他愛・魔性㉔
泣き疲れ眠ってしまった殊理を意識に留めながら、天は廃墟の中で弾かれて飛んだ自らの刀を探した。
天の躯体に今は収まっている牛の霊格のおかげでそれが何処に在るのか直ぐに分かった天は全く靴音を響かせない足取りで移動すると、瓦礫の上に転がっていた刀の柄に手を伸ばした。
握り、持ち上げたその瞬間に、手から延びる白い靄が断たれた刀を包み込み――――瞬きの内に刀もまた山犬の
崩落した壁の上部の穴から差し込む夜光を照り返す白刃は、鏡のように天の表情をその身に映す。
海を思わせる青色の髪は包む闇と同化してその境界を探れない――また、その青髪に包まれた美顔も、波紋が拡がるように揺らいでは漆黒の闇色の髪を持つ中性的な顔に変じた。
「――――貴方は」
握る刀から伝わって来る意思。先程まで刃を交えていた相手が、元々自分の内側に秘められた力の根幹であったことを
“切断”に差し出したものは、そのために切り捨てたものは、二度と戻って来ない。
山犬の
これがただの故障・損傷であったならそうでは無かっただろう。しかしその空白は、天自らが差し出したのだ。牛を破るために、自らの強さを証明するために――――いや、違う。
天は、勝利や自らの強さの証明のためにそれを差し出したのでは無い。
そもそもが逆だ。目的が先にあり、差し出した・切り捨てたという行為に及んだのではなく。
天は、自らを切り捨てた。その結果、“切断”を繰り出して牛に勝利したのだ。
そんな経緯だからこそ、天は自分自身のことを全く知らない。
自分自身に纏わること、神殺しのこと――それらは山犬の
だが知識と記憶は別物だ。そこにいるのは天と同じ形をした、全くの別存在だ。それを誰しもが、天と呼んでいるのだ。自分自身でさえも。
だが。
深く自分自身と向き合うために瞼を閉じ、意識を深淵の底へと落としていくと気付く。
自らを切り捨てても尚、そこに残る、色とりどりの華やかな記憶達。
撫子髪の男と、柘榴色の少女の影がそこにはあり。
そして、質素ながらも仲睦まじく暮らしていた、十人の孤児たちと。
自らを含む三基のヒトガタを創り上げた、天才よりは狂人と呼ぶ方がしっくりくる老獪の技術者。
その輪の中に空いた穴こそ、いつか自分がいた場所なのだろうと独り言ちた天は、暫く目の前に映し出される自らの追憶をじっくりと眺め続けた。
やがて
その最期を、天自身はどうしてか見ることは出来なかったが、しかし神殺しとして創り変えられ、また三基が揃い、いがみ合っていた筈の戦友と共に手を取り合った。
『――――天、己れにもお前の斬撃が必要だ』
その言葉を反芻するほどに、どうしてだか解らないが心は昂揚し、
戻ろう。――――だからこそ天は、そう呟いた。
自身を切り捨てて尚残るその追憶こそ、このヒトガタが最も愛した者達なのだ。最も、必要不可欠だった者達だ。
だから、戻らなければならない。
必要と言ってくれたこの斬撃を、“切断”にまで届いたこの斬閃を、届けなくてはならない。
そのためにまた自身を切り捨てることになっても。
そのためにいつか自身が
「……今しばし、お待ちください。
◆
「ん……」
「おはようございます、殊理」
殊理が目を覚ますと、空は白み始めていた。
疲れ果てていたとは言え何せ瓦礫の上だ。頭はぼんやりと靄がかったように晴れず――だが起き上がろうとして自らにかけられた毛布の存在に、殊理ははっと目を見開かせて天を仰ぎ見た。
「運良く、見つけられたものですから。欲を言えば、敷くものも見繕えられれば良かったのですが……御免なさい」
「えっ、えっ、何言ってるの!? えっ、わざわざ探して来てくれたの!? えっ、えっ!?」
荒廃した世界だ。もう殆ど
「――ですが、滅びた世界、というのは本当なのですね。
「う、うん……」
この世界にも魔物がいないわけでは無いが、しかし世界自体が終わりへと向かっているためにその存続を願うため魔物たちは
「これから、どうするの?」
「ええ。
「そっか……そう、だよね」
余りにも当然のように言い放つのだから、落胆も何処か拍子抜けだ。
殊理は漸く馴染み始めた規格違いの義足の表面を摩りながら、うんうんと頷きを繰り返す。
「殊理は、どうするのですか?」
「私? 私かぁ……」
生きたい、という心ならばもうある。勝手に絶望していたが、世界はそうじゃないと思い知ったのだ。
だけれども、何処に行けばいいのか、何をすればいいのかは全く思い付かない殊理だった。
「……私ね、……置いてかれたんだ」
「置いて?
「……親友」
そして殊理は語り始める。
この世界――
だがそれ故にやがて世界を構築する
殊理が先天的に汚染を持って生まれたのも、大気中の
そして現代の魔術王は
だが
それは二つの世界の争乱の引鉄となり――――
そして世界の核の所有権を持つ魔術王すらが魔物化し、“
そんな詳細なことは分からないままも、魔術学院のいち生徒だった殊理は、長い青春時代を共に競い合って過ごした
あそこに行けばどうにかなる、あそこならば安全な筈だ――次々と産まれては死んでいく希望に振り回されながら、それでも知恵と勇気を出し合い、寄り添い合うことで命を繋いできた。
だが日々、失われていく命もあった。
そしてやがて、殊理は親友と二人きりになってしまった。
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