夢・デマ・他愛・魔性㉕
『絶対、死んじゃダメだよ』
『解ってる。殊理もだよ? 絶対に、二人で生き延びようね』
『うん!』
それでも。
異獣が襲い掛かって来た時に、殊理の手を引いて走ろうとする親友の後ろで、殊理は倒れてしまった。
長い間
取り外して休ませることもせず、ずっと繋ぎっぱなしだったために中の回路が詰まってしまったのだ。
振り向いた親友はぎょっとした顔を見せたが、だが直ぐに覚悟を決めた表情となった。
『こっちだ! 来いよ化け物!』
何かの武器として使えるかもしれない、と道の途中で拾い上げた棒きれの尖った先端で腕を裂いて血を流し、また先端には魔術で火を点けた。後は大声で叫んで気を引けば、大した知能を持たない魔物たちは倒れて動けない殊理では無く親友を追い掛ける。
『行かないで! 行かないで――――置いて、行かないでよ……』
逃げ果せたのだろうか――だとするなら、戻って来る筈だ。
どうか、無事に……無事じゃなくても、戻って来て欲しい……こんな所に一人残さないで欲しい……そんな願いは虚しく散り、日が変わったことで殊理は彼はもういないのだと悟った。
異獣が来なかったのは幸か不幸か――――そのまま三日ほど、殊理はその場にずっと伏したままでいた。
そこに現れたのが天と牛だ。始め殊理は二人を見て“助かった”と思った。だが直ぐに、“助かってどうなる”と思い返した。
もう、誰もいない。
自分と親しい人達は何処にもいないのだ。それどころか、最も親しかった友人は、自分を助けるために死んでしまった。
だから殊理は、『殺して』と言ったのだ。
その感情が間違いだと認めた今でも、彼らの影は深く己に刻まれているままだ。
「――だから、何処に行けばいいのか、……判らない、って言うのが本当かな」
「そうですか」
生きて行くことはきっと出来る。
でも、――――きっと、この世界ではそう出来ないだろう。
それを殊理はよく分かっていた。だと言うのに、最後の言葉が出て来ない。
ただ一言、『連れて行って』そう言うことが、どうしても出来なかった。
別に、天に対して迷惑がかかるから、だとか、自分が見知りしない全く別の世界に行くのが怖いとか、そういう気持ちはあるし、だがそれらはその原因、言えない理由じゃない。
殊理は、自分では気付いていないものの、この世界が好きだったのだ。
終わりゆく、だが確かに、大事な青春時代を過ごしたこの世界から、離れがたかったのだ。
「……殊理は、残るのですか?」
「……」
だからそう問われて、頷いてしまった。
「この世界に残れば、きっと貴女も死にますよ?」
「うん……多分、そうだよね」
「多分などではありません。絶対に、です」
王城からほど離れたこの場所は周囲に脅威は無い。この周辺の
だが世界の中心である王城の周囲にはまだそれらの脅威は残っている。それらは生きるための餌を――命を求めて、やがて殊理に気付き、襲い掛かって来るだろう。
それは殊理も勿論分かっていた。それでも、なのだ。
「……そうですか」
すわりと衣擦れの音がして、天が立ち上がったのだと殊理は悟った。
だから俯いていた顔のまま、自分もそうして立ち上がる――恥ずかしいから、顔は見せないように俯いたままで。
「
「うん、……」
規格違いの義足は、巧く
「独りで、大丈夫ですか?」
「うん、……」
嘘だった。寂しい。そして、辛い。
でも、きっと独りで残らなければならなかった。この世界の終わりを、この世界の人間が独りは看取らなければならないと、そんな気持ちに駆られていた。
「そうですか……では、これで」
「うん、……ありがとうね、天」
「いえ……礼を言うのは
「うん、……うんっ」
すらり、と鞘から抜かれた白刃がゆらりと煌めく。
そして空間をすぱりと断った天は、そこに出来た極彩色の亀裂へと踏み入った。
最後に振り返り、優しく笑んで手を振る。
殊理もまた、出来る限りの笑みを返そうとして――――駄目だった。
「じゃあね!」
ぐずぐずだ。涙はおろか鼻水に塗れた顔で、ぐにゃぐにゃの唇で、それでもどうにか笑顔を作り、見せているつもり――――だがどう見てもそれは笑顔には見えない。何せ泣いているのだ、当の本人は。
わんわんと泣いて、それでも気丈に、ばいばいと手を振っているのだ。
だから天は困ってしまい――――悔やむような、懐かしむような、そして恥ずかしむような、何とも言えない表情を灯す。
そんな表情で手を差し出されたものだから、殊理の嗚咽は止まってしまった。
閉じ行く亀裂。
一度だけ踏み越えて、差し出された手に伸ばした手を捕まえる。
「ううううう!」
「困りました――――貴方は“残る”と確かに言ったのですが……それが本心とは思えませんでした。ので、勝手に連れ出してみたんですが……やっぱり、お返しした方が良かったですか?」
「ううううう!」
ぶんぶんと首を横に振る殊理。
そんな彼女を抱き留め、天は極彩色の渦のその先を見据える。
「成り行きとは言え、仕方ありません。これから赴く先には戦いが待っていますが、まぁどうにかなるでしょう――――殊理、お覚悟を」
「うん!」
ぎゅう、と抱き締められた腕の中で、天とは逆に殊理は遥か後ろを見詰めていた。
閉じ行く亀裂から垣間見える、終わる世界の様相。
そこに、一つの影が見えた気がして、目を見開いて凝らし見た。
ああ、やっぱりだ。
一つの影がそこを緩慢に横切っている。
あの影は、見覚えのあるあの影は――――
◆
Ⅷ;夢・デマ・他愛・魔性
-Saber Works-
――――――――――fin.
◆
「さて――――着いたのは着いたのですが……」
隔絶と経過とを斬り捨て、時空を跳び越えて元居た世界へと辿り着いた天――そして殊理――だったが、当然のように鐘楼塔の麓には誰もいない。
「どうするの?」
「どうするも何も、仲間と合流しなければ始まりませんが……その仲間が一体何処にいるか、と言うのが一番の問題ですよね……あっ」
「えっ?」
思い出したような、何か大事なことを忘れていたような――天は口を開けて呆けた表情を見せる。
「やってしまいました。そう言えば、
「???」
腕を組み、しばし思案する天。だが直ぐにその構えを解き、晴天のようなにかりとした笑みを見せる。
「賢いことを思い付きました。神の軍勢の気配を追って行けばいいんじゃないでしょうか?」
「いいんじゃないでしょうかって……私に訊かれても困るんだけど……」
「ああ、そうでしたね。でも取り敢えず、それで行ってみることにします。殊理はいいですか?」
「うん、いいと思う――――天は、置いて行かないでしょ? 連れて行って、くれるでしょ?」
「時と場合とに拠りますが……戦場となったら隠れてもらいますが?」
「うん、流石にその辺は弁える」
「ならいいでしょう。さぁ、行きましょうか」
「うんっ」
自らを失ったヒトガタと、異世界の少女はそして歩き出す。
天は完全に復元された躯体内の
出遭ったならそれを斬り殺し、殊理はその間はどうにか隠れるか、若しくは拙いながらも魔術で共に戦った。
やがてスティヴァリの地で
こんな時も、天の放つ空間を断つ
そうやって辿り着いたサントゥワリオの地で、天は殊理にしばし離れているよう伝える。
何か災害に見舞われているように喧騒を上げる街の様子を察した殊理は素直に頷き、そして天は小高い丘で変わり果てたエディと再会を果たす。変わり果てていても彼がエディだと気付けたのは、
「天さン……僕を、こロ」
「貴方がそう願うなら」
天は、彼が天にとって大事な仲間の一人であることを認識している。
自らを切り捨てても、切り捨てずに残していた大切な仲間の記憶。その中に彼も入っているからだ。
そして傍目にも明らかに、その手に握る何やら物騒な魔剣によって呪われている。ならばもう、やることは一つしかない。
――天牛、神を斬り殺せ。
ガチン――刀を鍛え上げる鎚の音に似た呪詛が響く。
「それでも、
――――牛、力を貸して下さい。
見たところ、あの魔剣が引き起こした呪縛と変異は相当のものです。
ですが
いいですか、呪いだけを斬るんですよ?
エディさんを斬ったら本当に怒りますからね?
分かりましたか?
分かりました?
分かっていただけたならよろしい。
さぁ、行きましょうか――――
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