夢・デマ・他愛・魔性⑪
だから天は、お腹を空かせた殊理のために何か食べるものは無いか周囲を見て回ることを宣言した。
幸い、二人が足を落ち着けたのは元は集合住宅と思われる廃墟だ。殊理の様子から見てこの崩壊は然程過去のことでは無い――ならば、食料も現存していておかしくは無い。
「あ、あのっ」
小首を傾げる動作で発言を促す天。だが殊理は言葉を濁すばかりでその先をなかなか紡げないでいる。
殊理とて、それを進言することに躊躇いはあった。何故なら、天一人でそれを為した方が効率が良く速いというのは、よく解っていたからだ。
だから殊理は、言葉の続きを「いえ、何でも無いです」に切り替えて零した。天の目に、明らかに項垂れた少女の矮躯が映る。
「……
「はい?」
天にその少女の葛藤が理解できたわけでは無い。
ただ――遭遇したての彼女同様に、やはりその言葉は本心じゃないのだろうと感じ取っただけのこと。
それさえ感じ取れれば、彼の
「幸い
「えっ……えっ?」
そして二歩ほど少女に歩み寄った天は片膝を着いてその場にしゃがみ込むと、相対的に高くなった少女の目線に自らのそれを交差させる。
「確かに、こんな状況でこんな場所に取り残されれば不安になるというのが道理です。それも、貴女は両脚が動かない。それは全くの当然、そこに思い至らなかった
「え、あの、えっ? えっ?」
にこりと、笑みが深まる。
「それに思い返せば、この地は
「え、えっと……」
もじもじと身動ぎ、視線はそわそわと明後日を向く。だがこくりと喉を鳴らした少女は、次の瞬間には観念したように小さく「お願いします」と漏らしたのだった。
◆
何とも不思議な話だが、その世界に登場する敵やその世界で独自の生態系を築く魔物と呼ばれる敵性生物を相手に戦いを重ねることで、徐々に現実を超えて強くなっていくのだ。
それはその世界では“レベルアップ”と呼ばれ、“レベル”が特定の数値に達するとその技能が勝手に身体の中に生まれては沁み込んだ。
選択できるアーキタイプによって修得できる技能は異なり、そして牛は――彼自身はよくは覚えていないが――その世界の中で
殺戮鬼の本能に従って歩きながら、四分の一に削減された追憶を重ねる中でそれを思い出した牛は、そうしたことで今の自分にもその技能が備わっていることに気付く。
一度立ち止まり、目を瞑って深く自分自身へと潜る――いや、潜水しきった自らの底から、水面を目指して浮かび上がるような感覚。
それで以て、その世界で
「――――《隠密》」
特段、目に見える・耳に聞く・鼻が嗅ぐ・舌が舐める・肌に触れる世界が変わった様子は無い。
だが確実に、その存在感は隠匿された。そして牛は、その効果を思い出した。
彼の口許は、下弦の三日月のように歪み切っていた。
◆
思いも寄らない収穫があった。
やはりそこは集合住宅の成れの果てであり、天が予見した通り無事な保存食は見つかった。
瓦礫に埋もれてとても食べられる状態じゃないものも多かったが、そうで無い無事な食料も見つけることが出来たのだ。
そして、それと同時に――――その集合住宅には、崩れ落ちた瓦礫に潰されたのであろう遺体が少なからず見受けられた。その全てが
しかし天はヒトガタだ。それも、斬術を使う。
彼が天使や天獣たち“神の軍勢”を討ち取るために行使する
それは
人間と同程度の霊格をしか持たない相手には特段の効果は無いが、しかし天使や天獣で無くとも、
牛が離れ斬術を併用することが出来ないという問題にも気付いた天は、そして狭苦しい廃屋という環境で殊理を守りながら戦うために、戦闘環境に多大な影響を与えすぎる
もしも“食料を探し出す”という目的や、そもそも殊理という存在を有していない状況であれば天は逃げたかもしれない――彼にとって、相手が
だがそれがより優先される事項に火の粉となって降りかかるのならば躊躇わずに払うのが天の自らに課した規定だ。そして現在状況における天の天秤では、自らと殊理の生存は
そして崩れ落ちた部屋の片隅に転がった、その義足を見つけたのだ。
「
殊理はこの世界で魔術学院に通う生徒だ。そうでなくとも、魔術を媒介とする義足は幼少の頃から装着して来た。成長に合わせて取り換えなければならない義足が身体に合わない、という事態には何度も遭って来ているのだ。
「――出来たっ! 出来ましたっ!」
義足に通う
ぱあ、と顔を明るく輝かせる少女の喜の感情を、天はやはり微笑ましく見詰めていた。
だが殊理の顔は直後曇り、ぐしゃりと皺を中心に寄せた顔は双眸から大粒の涙をぼろぼろと溢し始める。
「どうしたのですか?」
どこか痛むのか、と訊こうとした天だったが、口は勝手にそう訊ねていた。無意識に、痛みで涙しているのでは無いと気付いていたのだろう――それが天には不思議だったが。
両手で顔を覆いながら、何度も何度も殊理は目から溢れる涙を掌で拭った。しかしその度に新たな涙が生まれ出ては頬を濡らし、鼻水を舐めた舌は塩気にうんざりとしてしまう。
ああ、まただ――――似ても似つかないのに、その仕草は彼女を思わせた。
顔は、もっと美人だった。
体つきはもっと細やかで、だと言うのに煽情的な曲線と膨らみを携えていた。
性格は、最悪だった。
それでも――――彼女は美しかった。
マリアベルは、きっと世界の何よりも美しかった。
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