夢・デマ・他愛・魔性③
◆
周囲を取り囲む極彩色の渦――その歪みが段々と重なり、一層ごとに異なる色彩はそうなる度に明度を高めていく。
天はヒトガタだ、つまりその双眸は人間のそれと造りが異なる。余りにも眩しすぎる光量を受けても神経細胞が焼き切れたりということは無いのだが、しかしヒトガタである彼にもその眩いばかりの白い歪みは強烈過ぎた。
そして背けて瞑った目を恐る恐る開くと――転移されたフリュドリィス
「ここは……」
「どうやら、全く違う何処かに
「!?」
びくりとして振り返る――そこには少年とも少女とも判断し難い、どうにも中性的な容姿と声音を持つひとつの影があった。
「……貴方は?」
「……えっ?」
天の疑念に顔を顰める影。彼(彼女)にとって、天が自分のことを知り及んでいないということはそれほどのことらしい。
しかし天も天で、やはりその中性的な影のことなど全く覚えがない。見知らぬ存在に気安く話しかけられることは特段嫌な気がするわけでは無いが、今この時は特別なのだ。
「僕のことが判らない? 本気ですか?」
「少々お待ち下さい……」
居佇まいを正して思案する――あの鐘楼塔の麓で
ノヱルやレヲンも同様の攻撃を受けていたが、きっと個別に指定された座標へと転移されただろう。
つまり、天は一人で転移されたのにも関わらず、どういうわけか転移先では二人になっている。
「……貴様、もしや……」
そこで天は漸く、その中性的な影の正体に気付いた。
天は確かに一人で転移されたが、独りでは無かったとも言える。
天の腰に差す白塗りの鞘には、凶悪な魂を秘めた刀が納まっており。
そしてその刀に込められた“牛”と名の付く魂は今、天の内側に備わる機能で接続することがどうしてだか出来なくなってしまっている。
つまりは――眼前の中性的な存在こそ、具象化された“牛”に他ならないということになる。
そう結論付けた天は改めて牛(仮)の姿を見遣った。
天も天でそこまで背の高い方では無いが、牛の背はさらに低い。
耳やうなじを隠すほどの長さをしか持たない髪は黒々とそしてぐねぐねとしており、その髪が半ばかかる目もまた闇のように漆黒色だ。
華奢に思える体躯、その身には髪色とほぼ同じ色の軍服めいた
腰には天同様に鞘を帯びており、鍔やそこから伸びる護拳は
「貴様、本当に――“牛”、なのか?」
狼狽する天の表情に、牛と思われる影もまた狼狽した。
「……あなたがあなたの刀の内側にいた僕を“牛”と呼ぶのなら、確かに僕はそうですが」
そしてその返答に愕然とする天。当然だ、彼が認識していた姿形、存在感とは何もかもが異なっているからだ。
「どうして、そのような……」
「そのような、とはどういうことでしょうか?」
天にとって、具象化した牛の在り様は驚嘆に値するものだった。
しかし牛にとっては違う。
牛は牛で、最初からこの在り様であった。この牛のまま天に接し、しかし天は己の恐怖心から来るフィルターを通してしか牛を認識していなかった。
詰まるところ天は、牛を怖れていた。
それ故に勝手に、真実とは違う強大凶悪な姿を思い描き、それが牛なのだと錯覚してしまっていたのだ。
拍子抜けにも程がある――天は
しかしどうしようと過去が変わるわけでは無く、また天は己の誇りというものに縁がない性格をしている。
気持ちを切り替えるのは簡単だった。ほんのりとした疑念はまだ残るものの、眼前の彼(彼女)を“牛”として見直し、そしてそれよりも大きな問題に立ち向かわなければならない。
「ちなみに牛……ここが何処だか、分かりますか?」
「僕が知り及んでいるとお思いですか?」
「そうですよね……」
こちらを向かないまま答えた牛の様子は、何処か不機嫌なようにも思える。
牛には、自分がどのように彼(彼女)を認識していたのかは判らないのだろうか――天はそんな考えを浮かべながら、彼(彼女)に倣って周囲の風景に視線を投じた。
(
しかしやはり、風景の一切は目に入っても脳に焼き付かない。
ただただ溢れ出る疑問符ばかりが、気持ちを切り替えた筈の天の心を苛める。
「天、あれを見てください」
牛に言われる通り、指された先を見遣る――廃都だろうか。
二人のいる小高い丘から見下ろす街の様相は、遠目に見ても息衝いているとは言えなかった。
倒壊した建物。
舗装路は罅割れ、また所々剥がれ、捲れ上がっていた。
ヒトガタの望遠機能を用いても――天に備わるそれはおまけ程度でしか無いのだが――そんな街を歩く人影は無く。
もっと言えば。
その街を徘徊する生きた形の影すら見当たらないのだ。
「一先ず、出向いてみましょうか」
「僕も、それがいいと思います」
切り替えてはいるつもりでも未だ拭えない調子の狂いに胸の内で舌打ちしながら、天は牛と共に丘を下る道を探す。
しかしお誂えのなだらかな斜面はすぐに見つかり、一時間もしない程で二人は滅びた街の外縁へと踏み入った。
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