夢・デマ・他愛・魔性④

「やはり、誰もいないようですね」

「そのようですね」


 滅びた街の一画をしか二人はまだ探索できていないが、天の躯体内に備わる霊銀探知機能ミスリルディテクタは生物の存在を感知しない。それはつまり、この街の一帯に生物が存在していないということの証左だった。


 探索と言うのは何も周囲を見渡しながらぶらりと練り歩くだけでは勿論無い――倒壊した家屋や建物の内部にまで踏み入り、その部屋のひとつひとつを検める行為をも必要とする。

 霊銀探知機能ミスリルディテクタには反応が無くとも、ひょっとすればそこには死体があるかもしれない。そしてそれが見つかったのなら、その所持品を調べることでこの街に起きたことがどういったことなのかを推察することが出来る。無論、家屋や建物に遺された何らかの物品もまた、そうすることが出来るひとつのキーアイテムとなる。


 だがしかし、二人は何も見つけられずにいた。

 そしてそれは、二人の能力の問題ではなく――――この街に、何も遺されていないのだ。


 いや、遺されていない、と言うと語弊があった。正確には、遺されているものからこの街に起きた出来事を推察するだけの情報には乏しかった、と言うべきだ。


 手記が記されていると思われる手帳やノートは触れた傍から塵へと散っていき、何らかの記録媒体も触れた傍から崩れていった。

 だから二人は、この街が滅んだのはもう何十年も、もしかすると何百年も前の話なのでは無いかと考えていた。


「牛」

「何でしょう」

「貴様、あ、いや……」

「……貴様、でいいですよ。今更呼び方を変えられても気持ち悪いだけですし」

「……」


 牛は感情に乏しい――何を考えているのか、垣間見ただけでは判らない表情をしている。

 しかしどうやら“気持ち悪い”という感情が生まれ、そしてそれを臆面なく伝えるだけの胆力は有しているらしい。天はひとつ溜息を吐き、改めて「貴様は」から始まる言葉を紡ぐ。


「この地に何が起きたのか、どうしてこうも滅んでしまっているのかについて、何か予測は立っていますか?」

「その口ぶりだと、貴方は立っていると考えていいんでしょうね?」


 忌々しく顔を顰めた天は、しかし図星だった。

 だからもうひとつ溜息を吐いた後で、今しがた探索を終えた家屋を出て荒れ果てた道を行きながら牛へと語る。


「この地は賤方こなたたちの住まう世界に比べ、きっと魔術的に発展した地なのだろうことが推察されました。記録媒体は紙のものもありましたが魔術媒体も多く、しかしそれらは夥しい時間経過によって無用の長物へと成り下がってしまっています」


 逆に言えば、技術的には天たちが創られ使われた世界に比べ劣っている世界だと言える。

 それは牛の目から見ても明らかだった。本来の彼は魔術に疎く逆に技術に秀でた世界に生まれたが、学校という教育機関で学んだ“近世時代”という世界の在り方に、よく似ている印象を抱いていたからだ。


 しかし魔術が発展した世界というのは、技術が発展した世界とそこまで変わらない形へと向かう。技術がやっていることを魔術で代用するだけなのだ。或いは、魔術がやっていることを技術で代用できるだけ。

 つまりこの世界は、魔術というものを一部の特権階級のみが有するために、全体的には発展しなかった、或いはその途上にある世界と言えた。

 天が放ったこの推論に、牛は黙って頷いた。


「座標だけでなく、世界すら超えて転移させられるとは……」


 天の予想では、この滅んだ街を擁する世界は、彼らの世界とは全く違う世界だった。

 しかし牛という存在が天の位置する世界とは別の世界から召喚させられたものである以上、その予想を違うと断じることも出来ない。


「そう言えば――牛の住んでいた世界はどんな世界だったのですか?」

「それを聞いてどうするんです?」

「単純な興味ですよ。聞いたところで、元居たあの場所へと戻らなければいけない問題が解決するとは思えませんが……何かのヒントくらいにはなるかも知れませんし」

「成程……ですがそれにはひとつ、問題があります」

「問題?」

「はい――というのも、僕は本来の僕の“四分の一”程度でしかないと言うことです」

「四分の一?」

「つまり僕の記憶も、本来の四分の一程度しかない……それで良ければお話しますが」


 段々と日の暮れ始めた空の下、生命の残滓を求めて歩く二人は紐解く。

 牛の語る“四分の一の”は、思いもよらない奇譚だった。少なくとも、天にとっては。




   ◆




 彼、牛×××は魔術を知らない、或いは魔術の失われてしまった世界の片隅に生まれた。

 その世界は魔術の代わりに電気を動力とする機構がいくつも備わり、その恩恵に浸る生活を強いられていた。

 だから彼は天の刀の内側で見た、彼らを運ぶ自動車というものを知っていたし、魔術と技術の違いはあれど世界を彩るおおまかな機構の数々を自分の世界で見知っていた。

 大きな戦争は彼の二世代前に起きたが、彼の生まれた時代は平和そのもので、しかしその裏で内紛や闘争に悩む地域もあるにはあった。


 彼は物心つく頃から刀が傍に在り、それを操る術を教わり、若しくは叩き込まれて育った。彼の祖父が大戦時に大成させた軍刀術を操る家柄だった。

 だから彼はそれを学び研鑽することは呼吸をすることと同じくらい当たり前で、必要不可欠なのだと信じて疑わなかった。

 きっと彼には才能があったのだろう――それは彼もある程度自覚していて、その事実は彼を尚更軍刀術の研鑽に向かわせた。


 悲劇が起きたのは十七歳の時だった。

 彼には半一卵性の双子の妹がおり、名を××と言った。双子なのだから当然二人とも同じ日に生まれ、二人ともがその出生日からつけられた名前だった。


 彼は妹を好きだったし、才色兼備という四字熟語を身に宿す彼女を誇りに思っていた。

 妹もまた兄のことを好いていた。変わり者の兄だったが、軍刀術の訓練に勤しむ際の真剣な表情は引き込まれたし、正直者で誠実な性格は非常に好ましかったのだ。


 悲劇と言うのは、寧ろ妹に降った。

 何しろ目立つ妹だ、近くの大学に通う六人の男に目を付けられ、襲われ、無理矢理に連れ出され、のだ。

 家柄は武道に精通したが、妹は武道を知らなかった。そうで無かったとしても相手は大の男六人だ、抵抗出来た方がどうかしていた。


『死にたい』


 事が全て終わった後で受話した彼が聞いたのは、妹の口から発せられたそんな言葉だった。

 その先の記憶を、彼はよくは覚えていない。

 ただ、身体が勝手に動き、気が付けば祖父の形見である軍刀を持ち出して妹の元に駆け付けた後で、妹の首を斬り落としたのだ。


 それも含め、そこからの彼の行動は常軌を逸していたと言えるだろう。

 妹を穢した六人の男を調べ上げ、一人ずつ持ち出した軍刀で斬殺していった。

 警察、という治安機関がその世界にはあったが、その捜査網にも引っ掛からずに、彼は一連の殺害を淡々とこなし切った。

 そして自ら警察の元へと出頭し、司法により死刑が言い渡された。


 奇譚、と言えるのは寧ろここからだ。


 死刑執行後、彼は気が付くと異なる世界にいた。

 そこは彼が元いた世界でよく遊ばれていた電脳遊戯ビデオゲームの世界さながらであり、そしてその実、電脳遊戯ビデオゲームの世界そのものだった。


 どうして死んだ彼がそんな遊戯ゲームに興じれるのかは判らないまま、剣と魔術のファンタジー世界を“冒険者”となって生きる彼は、やがて生前の幼馴染と再会する。

 同じ日に生まれた、同じ学校に通っていた幼馴染。

 意気投合し仲間となった二人がどのような冒険の旅を重ねたのかを彼は殆ど覚えていない。四分の一である彼に残る記憶は、寧ろ生前のものが殆どだったからだ。

 しかし覚えているのは、最終的には自らを半分に断ち、その幼馴染とともに生きるべき自分の半身に未来を託し、自らはその世界の根幹を壊すために奮闘したことだ。


 その末期で、彼はある一つの境地に達した。

 愚直に軍刀を振り続け、ただの技術に過ぎないそれが、魔術の最奥、“真理”の一面に到達した事実。


 彼はその世界の最期に、“斬術”を司る“魔術師”ワークスホルダーへと成り上がったのだ。

 つまり“斬閃の魔術師”セイバーワークスへと成り、その真理に裏付けられた斬撃で以て、その世界を断ち切ったのだ。


 そして断たれた世界に残った彼は召喚される。

 不十分な魔術のために半分だけをしか召喚されなかった彼は、彼を召喚した張本人であるクルードという魔術士により刀に押し込められ“牛”となった。


 そんな風に、語られた四分の一しかない記憶に天は、何を思えばいいのか逡巡していた。

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