無窮の熕型②

 あの時、彼を飲み込んだ空間の亀裂――神の門バビリムは極彩色の渦を彼の周囲の空間にちりばめ、時間と空間のどちらもを歪ませながら彼の身体を座標を越えた遥か遠くへと転移させた。


 悠久にも思える旅路は終わってしまえば実にあっと言う間だったと断じることが出来たが、しかし躯体を稼働させる霊銀ミスリルの活性率の上昇が軽微だったことから、それはやはりあっと言う間の出来事だったのだと断じれた。


(ここは……)


 軍靴の鉄底越しに感じるのは硬い石畳の地面の感触。

 それまでの極彩色の渦の蠢きで目がチカチカとしている中、見渡した景色は穏やかそのものだ。

 白亜の建物が建ち並び、機構が街並みに同化して遥か高みに押し上げられた文明と人々の日々の営みとが融和している姿は、目を通して胸に懐かしさを抱かせた。


(……女王国クィーンダム、なのか?)


 しかし似ていても、その景色は見たことが無かった。既視感デジャヴと言うには記憶にある街並みとそれはかけ離れ過ぎていた。

 そして彼が立ち上がったと同時に、眼前に一人の成年が立ちはだかっていた。


「動くな」


 ガチャリと、鋭い切っ先を差し向けられている。鍔が歯車の形をした、あの街並みのように機構の施された異質な刀だった。


 ノヱルの躯体内には索敵機能がある。しかしその機能を以ても成年の襲来には気付くことが出来なかった。

 故にノヱルはこう結論付けた。この成年は、今しがた来たのだと。


「……難しいな」

「は?」


 悠長に腕組みをしたノヱルは、ぎろりと目の前の成年を睨み付ける。


「ちなみに――動くな、の定義は? 己れの躯体におけるあらゆる動作を禁じるというのであれば、己れはすぐさま各種機能を停止しなければならず、それは己れの“死滅”に他ならない、ということにならないか?」

「ん――あ?」


 刀を差し向ける成年は顔を顰めた。


「お前たちで言えば、それはもう“今すぐ死ね”と言っているのと同義だ」

「いや言いたいことは解るよ。でも普通そうじゃ無いだろ」

「普通とは? 悪いが恐らく己れはこの地の生まれじゃない。この地の風習や文化、歴史について知り及んでいない。だからお前らの普通に関する知識を得ていない」

「うっわお前面倒臭ぇな」


 成年はぼさぼさの髪越しに頭皮を掻き毟る。そうしている最中にも、眉間に照準を合わされた彼の刀はズレたりなどしていない。


「あー、解った解った。動いていい動いていい」

「動いていいのか?」

「ああ。でも攻撃の意思を見せれば即対応する」

「……出来るのか?」

「試してみるか?」


 何処となくノヱルは眼前のこの成年に、自らと近しい何かを感じ取っていた。そして成年もまた、突如としてこの場所に現れたノヱルと同じ思いだった。


 おそらく、話し合えばきっと解り合えるのだろう。どういうわけかは知らないが言葉は通じる。

 近しい性質を持ち、尚且つそれは同族嫌悪には繋がらない――ならば二人は、対話という手段で親しくなれる筈だ。それを、知識や経験から来る叡智では無く、本能で二人は予感していた。

 だが、だからこそ対立しなければならないとも、同時に二人は確信していた。

 理由ならばいくらでもこじつけられる――違う、そうでは無いのだ。

 ただ単純に――――自らと似た誰かだったからこそ、言葉では無く拳を、刃を、銃口を交わし、そんなやり方でこそ理解し合いたいのだと、二人の本能は叫んでいた。


 そんな存在をきっと、人は“好敵手”ライバルと言うのだろう。


 そして対峙していた二人は動き出す――差し向けていた刀を前進と共に突き出した一閃を、ノヱルは身体の軸を横にずらすことで躱しながら両手それぞれに拳銃を召喚した――【双銃】ピストレロだ。


「へぇ、かっこいいねぇ!」


 成年は嗤いながら突出する。再び振るわれた刀を片方の拳銃に備わるナイフ程度の銃剣で受け止めながら、もう片方の銃口を成年の眉間に向けた。


 ダンッ――しかし放たれた銃弾は空を突き進むばかりだ。撃鉄が落ちたのと同時に指を鳴らした成年は、銃撃がその身を穿つより先にその場から消え失せたのだ。


「らぁっ!」


 声は後ろ――振り向くよりもとにかく前方へと思い切り跳び込んだノヱルは石畳の上を転がりながら反転し、新たに召喚した【雷銃】フュジリエを構えバラバラと弾丸の雨を放つ。


「マジかよっ!?」


 しかし新たに鳴り響く指の音――成年の姿はまたも消え、今度は真横。

 銃の腹部で横薙ぎの閃撃を防ぐと、跳び退きながら蹴り上げた軍靴の硬い爪先が成年の顎を捉えた。


「でっ!」

「――“猟銃”シャッセ!」

「――“防護膜展開”シールド!」


 ヅドン、と撃ち放たれた実包は空中で分解されて微細な弾丸で構成された弾幕へと変じる。

 それらはたたらを踏みながらも防御魔術を展開した成年の身体に面として着弾するが、やはり弾幕では彼の施した障壁の鎧を貫けず、しかしさらに成年を後退させた。


 好機と見たノヱルは真剣な眼差しを向けながら新たに【騎銃】カラビニアへと換装、単発ずつだが後退した成年をさらに押し遣るように銃撃を放つ。

 しかし体勢を整えるよりも早く指を鳴らした成年はまたも消え――それを視認すると同時に空いた左手に【魔銃】バレマジーキを展開したノヱルは、成年が現れるのとほぼ同時に右手の【騎銃】カラビニアを肩に担ぐようにして銃口を背後へと向けた。


「――っぶねぇっ!」


 ダゥン、と撃ち出された銃弾を、成年はあろうことか手に握る刀で斬り上げ払った。

 発砲音とほぼ重なって聞こえたギィンと金属同士がぶつかり合う高音が跳ね、次いで放たれた声にノヱルは目を見開いて振り返る。


 【魔銃】バレマジーキに込められた能力補正――それは“過剰な空間認識能力”である。

 弾丸を空間を跳躍させて対象へと届ける銃である故に、それを装備している間のノヱルは空間の歪みをすら正確に捉えることが出来る。指を鳴らすことで瞬間移動を行える成年の転移をそれで見抜いたのだ。

 しかし、それですら届かないとは思ってもいなかった。だからこそ目を見開いて驚愕を表情に点したのだ。


「……強いな」

「こっちの台詞だよ」


 奇しくも相対する距離は交戦を開始した当初と同じ――成年は再び刀の切っ先をノヱルの眉間へと差し向ける。

 ノヱルは瞬間的に、どうしたものかと思案を巡らせた。

 刀剣による斬撃――それも相手は一振り――でこうも自分の銃撃が通用しないとは。特別相手を討つべき理由も無いが、ここまで互いに興が昂じてしまっている以上、全身全霊で向き合わなければならない。


「……はぁ」

「……何だよ」

「いや、別に?」

「変な奴……」

「お互い様だ」

「……だな」


 そしてノヱルは覚悟を決めた。この成年が何者かは判らないし、そもそもこの場所が何処で、この世界は何なのかすらも――それでも、この成年が唯一その答えを齎してくれる相手だろうと予見していても尚、ここで全力をぶつけなければきっとそれは叶わないのだと。


「人間相手にのは初めてだ――」

「あ?」

“世を葬るは人の業”バレットワークス

!? お前――」


 成年の驚愕は更なる驚愕で上書きされる。当然だ――足元から立ち昇る黒い呪詛、それを纏う男の肌は白く蒼褪め、撫子色の髪も白く染まり上がり、そして額から二本の捩じれた角が生えたのだ。双眸もまた白目の部分が黒く濁り、これではまるで――


「――“魔銃”バレマジーキ“神亡き世界の呱呱の聲”ティル・ディアボリーク!」

「嘘だろっ!?」


 左手の【魔銃】バレマジーキは唯一、【神亡き世界の呱呱の聲】ティル・ディアボリークでしか銃弾を放てない。そしてその銃弾は放たれたと同時に砲身内に施された術式の効果を帯びて空間を跳躍して確実に対象の命を穿つ――筈だった。


 しかし成年もまた空間を操る魔術士だ。瞬間的な感覚を引き延ばして高速を越えた思考の回転を得ると、即座にその一撃による絶命を逃れる術を弾き出した。

 すでに彼の手には鍔が歯車の形状を持つ機構刀は無く――放り投げられたそれが地面の石畳に落ちて跳ねて硬質的な響きを上げるよりも速く、彼自身の胸から引き出した黒い刀を握っていた。


 それは引き出されると同時に振り払われ、空間を薙いだと同時に

 その結果を見たノヱルはしばし絶句し、斬撃の後の残心を終えて再び成年が体勢を整えた後で告げる。


「お前、何者だ」

「おいおいそれもこっちの台詞だよ」


 睨み合う二人――しかしどちらからともなく、いやより正確に言えば二人がまるで示し合わせたかのように全く同時に、臨戦態勢を解除した。

 ノヱルは【世を葬るは人の業】バレットワークスの行使による“白い悪魔”の状態を解いて。

 成年は自分自身から引き抜いたその黒い刀を棄却して。


「……申し遅れたな。己れはノヱル、フリュドリィス女王国クィーンダムにて創られた人型自律代働躯体、通称ヒトガタの一基だ」

「俺はコーニィド・キィル・アンディーク。ここ、“車輪の公国”レヴォルテリオの正規軍、“車輪の騎士団”レヴォルトリオンズの一人、ちなみに今日は非番だよ」

「それは……ご苦労様、だな」

「誰のせいだ誰の……取り敢えずお前は連行するけど、」

「いやもう抵抗する意思は無い。何処へでも連れて行け」

「あ、そう……さっきのはマジで何だったんだよ」

「気にするなよ」

「気にするだろ。……じゃ、ぞ?」


 こうして――わけも判らぬままに、ノヱルとコーニィドは遭遇を終えたのだった。

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