Ⅶ;X-Caliber
無窮の熕型①
◆
「ノヱル、
神を否定しろ」
Noel,
Nie
Dieu.
Ⅶ;
-X-Caliber-
◆
「――お前、もしかして
問われ、静かに冥は頷いた。
これまでに感じたことの無い――芽異として森瀬芽衣の中に在った時でさえ――夥しく甚だしく冒涜的なまでの、という修辞すら生温いほどの溢れた“死の兆候”。
「……そうか。お前が――狂人が創り上げた四基目の
頷くことすら憚られる程に、白い悪魔の一挙手一投足が必殺の気配に満ちていた。
しかし冥はごくりと唾を飲み込み――本来、そのような機能は無い筈だが――それで以て漸くこくりと首肯する。
交戦は終了した筈なのにどうして彼が未だその状態を維持しているのか。その解を冥は思考を巡らせ自らに導くことは出来なかったが、ノヱルのその物言いと視線の色、そして自らに向けられた“死の兆候”から、何となく類推することは出来た。
「完成させたんだな、狂人の奴……お前、名前は?」
「……冥」
「……
「知ってる」
ぴくり、とノヱルの眉が蠢いた。眉間には皺が生まれ、眼差しは更に鋭利さを増す。だが一拍の思考の間の後で、ノヱルは嘆息しながら右手でがりがりと側頭部を掻き毟る。
「あー、そりゃそうか。狂人から聞いてるか……一応確認しておくが、
眉を顰めたのは今度は冥の番だった。
薄く、頭の部分しかない彼女の短く頼りない眉はそれでも判りやすく眉間を挟んで寄り合い、そんな機能など持ち合わせていない筈なのに彼女の
「――何、で?」
冥がそう問うのも仕方が無い。
冥は自らを創り上げたクルードから、その前に創り上げた三基――天牛と山犬、ノヱル――のことを聞いていた。
クルードは動き出さなかった三基のことを執拗に罵倒し続けていたが、だがその容姿の隅々に至るまで拘りを崩さない徹底ぶりを語ったり、彼らに齎した機能の美しさ・凄まじさを語るなど、やはり彼の根底には三基に対する愛着が垣間見えた。
だから冥はノヱルの容姿を見てすぐに彼がノヱルだと気付いたし、また山犬やレヲンたちからもノヱルがどのようなヒトガタかということも聞き及んでいた。
そんな彼が、どうして同じ
唯一そうなるとすれば自分はノヱルを知っているが彼は自分を知らない、という齟齬から発生する自らへの敵視――しかしノヱルは冥のことを知っていた。恐らく彼の躯体に備わる索敵機能を応用し、冥がヒトガタであることを見抜いたのだろう。
ならばやはり、ノヱルが冥を殺そうとするのは道理が通っていないように思えた。
しかし冥は知らない。
ノヱルは冥を知っていたが、冥が思っているよりも遙かにノヱルは冥を知っているのだ。
彼らの
終わりゆく世界の中で唯一人終焉を待つだけの彼女の魂を拾い上げ。
彼女の霊基配列に刻まれた“世界を滅ぼす”ほどの固有の魔術を
それが本当に神を殺すに
ノヱルは、
故にノヱルは、彼女――冥がどれほど驚異的で冒涜的で強大で類を見ない危うさを持ち合わせているかを十分に知っており。
そして、“死”を超越した存在である彼女の完璧な対処法を心得ている。
彼女への“死”は全て、それを齎した者へと還る。
だからノヱルが宣言した“殺す”という言葉の意味は、最もよく使われる意味からはほど遠く――しかし、機能を不全のまま停滞させるという意味では違ってなどいない。
「
再び激しい円転を見せた歯車球に双眸を見開いた冥は咄嗟に後方へと低く跳び退きながら、球が放つ光弾を身を捩って躱す。
しかし本来戦闘型では無い冥の躯体性能はノヱルの銃撃をいつまでも躱せるものでは無い――やがて左の脇腹にその光弾を受けた冥は、躯体の内で弾けた
そして、その感覚こそが自らの意思を身体の各部位に伝搬することを阻害するのだと身を以て思い知った。
「――ぁ、」
どさりと倒れた冥は生きている。
光弾は小さく、穿たれた箇所を突き抜けてもいなければ
だが、身体は一切動かすことが出来なかった。あらゆる機能が停止し、まるで意思を除く全ての時が止まったかのような錯覚。
ざり、ざり――荒野の乾いた砂を軍靴が踏み付ける音が近くなる。
「……さて、と。で、ここは何処なんだろうな?」
冥を仕留め終えたことで歯車球を棄却し、また白い悪魔の状態から通常の状態へと戻ったノヱルは、周囲を見渡しながらぼりぼりと右の側頭部を掻いた。
しかし遠くから何やら、見覚えのある躯体が高速で接近するのを見遣ると、改めて索敵機能を用いてそれが自身の相棒であることを確認した。
「ノヱル君!」
「山犬――つまりここは……?」
まるで長らく帰らなかった飼い主と再会を果たした飼い犬の如く満面の笑みで駆け寄る山犬は、二基の距離が5メートル程まで近付くと一思いに跳躍を放つ。
恐らく跳び付き、抱きつくのだろう――そう予知したノヱルに、しかし。
山犬は、程よくいい感じに弱めた跳び膝蹴りをノヱルの顎に見舞った。
「ご――っ!?」
100%の威力ならばその頭部は金属製だろうが木っ端微塵、まるで精巧で繊細な硝子細工を地面に叩きつけたかのように爆散しただろう。
それでもそれを喰らったノヱルが強い衝撃に眩暈を覚えながらも、損傷を負わずにただ大きく仰け反るだけで済んだのは山犬の力加減が絶妙だったと言うことだ。
「ダメでしょノヱル君! 折角山犬ちゃんお姉ちゃんになったのに! 可愛い妹を虐めちゃダメ!」
両手を腰に当てて仁王立ちで論じる山犬に、ぐぐぐと倒れた身体を起こしながらノヱルは返す。
「お前はこいつのヤバさを知らないからそんなことを言うんだ。いいか、こいつはな――」
「知ってるもん」
「は?」
「冥ちゃんがとぉーってもヤバい性能だってことくらい、もう知ってるもん! でもそんなの関係無いよ。だって冥ちゃんは、冥ちゃんは……」
鼻先をひくつかせながら、やがて山犬の表情は悲哀に歪む。「ふぇぇえええん」と嗚咽交じりに泣き喚きながら、遂にはその場に膝を着いた。
困惑するノヱル。だが、山犬がどうやら冥のことを同胞だと認めているのだと悟ると、小さく嘆息してそそくさと立ち上がる。
「……悪かった」
告げたノヱルは、山犬の頭にぽんと手を置き、同時に冥に施した魔酔の効果を棄却する。再び意思が躯体に通うようになった冥は急いで起き上がり、ノヱルはぼりぼりと右の側頭部を掻きながら彼女にも不躾な謝罪を口にした。
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