異ノ血の異ノ理⑤

「――ライモンド。先ずはお前の知っている全てを教えてもらう、いいな?」

「……はい」


 一方、くだん【闇の落胤】ネフィリム工作員スパイだと露見したライモンドをガークスは別室にて問い詰める。


 ライモンドの他に工作員スパイ【禁書】アポクリファにどれだけ潜入しているのか、そのメンバーとは。

 また、噂されているその上層部が持つ特殊な能力ちからとはどのようなものなのか。

 どうやって調査団の中に在りながら【闇の落胤】ネフィリムと連絡を取り合い襲撃を仕掛けていたのか。


 ガークスの険しくも静かな表情を前に、テーブルを挟んで向かい合って座るライモンドは情報を吐露していく。


「――俺の他に数人、という話を聞いている。だが誰がそうなのかは知らない」


「上層部が持っている能力ちからは知らない。そもそもその連中とは顔を合わせたことも無い。ただ、名前は知っている」


「生体霊流と同程度の微弱な波長をしか発さない特殊な通信機を用いていた。余程手練れの魔術士でも無い限り、霊銀ミスリルの揺らぎから通信が発覚する恐れの無い奴だ」

「ほぅ……成程。ありがとう、ライモンド」

「……ガークス支部長」


 ガークスは今しがた聞いた情報の信憑性を深く疑っている。このような場合、複数の人間から情報を聞き出してその整合性を確かめるというのが最も良い方法だが、【禁書】アポクリファの中にあり【闇の落胤】ネフィリムの一員であると判っている工作員スパイは彼一人だ。他に情報を聞き出すことの出来る誰かがそもそもいない――いや、いるにはいるが、誰がそうなのかが判らないのだ。


 無論、それを拷問でもするなりして無理やり聞き出すことも出来る。だがそれは悪手だ。

 虚偽に踊らされるということも考えられる。


「……エディと、話をさせて下さい」


 しかしその鋭い双眸はライモンドの仄かに安堵したかのような表情を見逃さなかった。敢えて解釈するのであれば、自らの知っている情報を吐いたことで肩の荷が降りたような心地を得たのだろう――全く、虫のいい話だとガークスは心の中で舌を打った。


「エディと、二人きりで話がしたい」

「それを飲むと思うか?」

「あなたには出来なくても、エディになら託せる話もある」

「……いいだろう」


 ガークスは一度小さな部屋から出て、廊下にて待機していた部下にエディを連れて来るよう指示を出す。


 エディに限って【闇の落胤】ネフィリムの一員であることは無い、等という甘い考えは無い。

 理が尽くされていなかろうと、道筋が立っていなかろうと、それでもどのような事象にも可能性は存在する――それを知っているガークスだからこそ、その可能性についても確りと飲み込んだ。

 もしもそれが真実であるならば、エディをも監視し逆に利用すべきだと直ぐに判断する。そしてそうなった時のために必要な準備を逆算して脳内で纏め上げた。



 神の軍勢こそ、討つべき敵であることに疑念は無い。

 しかし最たる敵とは違う。最たる敵とは、なのだ。



   ◆



「エディ。お前にだからこそ託したい情報がある」


 小部屋の中は実に簡素だと言えた。鉄格子の嵌められた縦に広い窓が一つあるだけで、壁には装飾らしき装飾は見当たらない。

 中央にテーブルがあり、窓の反対にはドアがあるだけ――棚も時計も鏡も無く、だからこそ例えば取り調べや密談にうってつけの部屋だと言えた。


 その部屋の中、先程迄ガークスが座っていた場所には神妙な面持ちのエディが座っている。

 対面のライモンドは変わらない。ただガークスに尋問を受けていた時よりも僅かに活気づいていた。


「……俺だから、って?」


 ライモンドは捲し立てそうになる自分を落ち着かせるために拳を口の前に持ち上げて咳払いを二つばかりすると、背凭れに預けていた上体を前のめりに迫り出させて真剣そのものな視線をエディに突き刺す。


「ガークス支部長はだ。真なる人族ヴェルミアン至上主義を唱える奴なんかに与したくない俺の気持ち――お前なら解ってくれると思っている」

「……っ」


 エディはその言葉が好きでは無かった。目的を同じとする仲間を二分するその言葉が。

 こんなにも強大で巨大な敵に対抗しなければならない時に、どうして身内同士で目を光らせていなければならないのか。どうして足を引っ張り合わなければならないのか。

 どうして、一丸となって事に当たれないのか――無駄だ。そんな言葉や思想は無駄でしかない。


「ウィリアム・マイヤーを頼ってくれ。君がと知れば力を貸してくれる――天使の力を」


 耳に障る言葉に目を見開いた。エディは原理にも非原理にも属していないつもりでいる。勝手に立場を決めるなと憤りを覚えたところで綴じられた言葉に見開いた目は丸くなった。


「天使の、力?」


 こくりとライモンドが頷く。


「お前は天使を単独でも屠れる程の戦士だ。なら、天使の力をその身に宿したとしても耐えられる筈」

「身に、宿す……」


 ごくりと鳴った自分の喉にエディは肝を冷やした。

 それは酷くおぞましい響きを持ちながらもしかし残響は甘く、興味を超えて惹かれている自分に気付いてしまったからだ。


 もしもライモンドの言葉が本当だとして。

 天使の力を、神に与えられた力の一端をこの身に宿す術があったとして。

 それを受け入れれば――レヲンのように、あの“神殺し”たちに肩を並べる高みにまで登れるのではないか?


「ベルモット卿は疑り深いお方だ。だがウィリアムならば、君を受け入れ、力になってくれる」


 やけに心臓の鼓動が耳につく――揺らいでいるのだとエディは悟った。

 ライモンドには監視が付くのだろう。だから彼を仲介とすることは出来ない。

 こうして聞いた情報をガークスにそのまま報告するのがエディの常だ。だが今は、そうするべきか、それとも彼の託した期待に乗るか、迷いが生じてしまう。


「……話は、それで終わりですか?」

「ああ……お前は、俺が内通者だと解っていながらこんな俺を受け入れ、口利きまでしてくれた。つまり命の恩人だ。あれからどうするのか、それは俺次第だって言ってくれたよな?」


 エディは特に口利きなどしていない。だがライモンドは、こうやって特別にエディと話が出来ることも、そして尋問の後にあって然るべき報復を逃れていることも、全てエディが話を付けてくれたからだと信じてしまっている。

 だがエディは特に言及しない――今は早く一人になりたかったからだ。


 一人で、揺れている心をどちらに振り切ればいいのかを考えたかった。そのため、この小部屋からいち早く出て行きたかった。


「……俺は、お前こそが英雄になるべきだって、そう信じている」

「……じゃあ、これで」


 告げ、席を立つ。踵を返してドアを開けると――――見知った顔が、廊下の床板を挟んだ向かいの壁に背を預けて佇んでいた。


「レヲン」

「あ、エディ。もう、終わった? 鍛錬上の場所、判ったよ。もし手が空いているようだったら、一緒に訓練しない?」


 どうしてだろうか。

 どうしてこのは、こうも自分を気にかけるのか。


 どうして誰も、この身に分不相応な力を求め、期待するのか。

 無論、それが叶うのならば自分とて手に入れたい。全ての期待に応えたい――だが、所詮自分はなのだと、エディはそう思っている。


 天使を屠ることが出来るようにまでなったのは、この上ない剣の師に巡り合えたからで。

 それは運の要素が大きく、決して天啓でも運命でも才能でも何でも無い。


 のように、自分は決して世界に愛されて等いない存在だ。


「――うな」

「え?」

「俺に、構うな」


 だから――と。

 拒絶の言葉はじわりとレヲンの胸に沁み込んでいき、その感触に戸惑い動き出せずにいるレヲンを尻目に、エディは廊下を歩き出す。

 レヲンから、離れていく。

 その様子を眺めていたレヲンの視線はやがて自らの足元へと落ちた。

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