異ノ血の異ノ理④

「戦力の補強も、あたしがいれば大丈夫だと思います」


 主にガークスに向けてレヲンは口火を切る。

 死都ゲオルで獲得した、【千尋の兵団】プライドという万に匹敵する戦闘人形オートマタの軍勢を召喚する魔術。いや、獲得したのはその一体一体を担う遺体と魂だったが。


「つまり……お前一人で、一万の軍勢と同じ、と見ていいのか」

「はい……そういうことになります」


 誰もが絶句した。そしてその中にはシュヴァインが変じた戦士がおり、そしてあのエーデルワイスが変じた戦士もいる――エディは心を打たれたが、それに動じている場合じゃないと理性が感情を諭す。


「もしもこれ以上、神の軍勢との争いの中で命を喪う人が出れば……その人も」

「いや、それは無いよ」


 口を挟んだのは隣にいた冥だ。誰しもの視線が彼女に注がれる。


「あたしがそうさせない」

「……でも、例えばあたしと冥ちゃんが」

。言ったでしょ、あたしは戦わなくてもいいんだ、って」


 ぱちくりと目を瞬かせるレヲン。ガークスは歩み寄り、冥の細い両肩に彼の大きな手を置く。


「冥。儂からも改めてお願いする。どうか、このレヲンと共に、我々【禁書】アポクリファのために戦って欲しい」

「嫌だ。あたしが戦うのは、レヲンを死なせないため。それだけだから、期待しないで」


 身をよじって置かれた手を振り払う冥の表情は真剣そのものだ。だがガークスは逆にそれを受け入れる。


「……いや、それだけでいい。レヲン」

「……はい」

「お前は、戦ってくれるか? 我々【禁書】アポクリファのために、神の軍勢と」

「……神の軍勢とは戦います。でもそれは冥ちゃんと同じで……やっぱり、【禁書】アポクリファのため、じゃないと思います」

「じゃあ、お前は何のために戦うんだ?」

「……これ以上、あたしのが増えることの無いように。増えなくてもいいように、戦うんだと思います。いえ、そのために戦いたいです」

「……それならば、それでいい。ならばこう問おう。お前たちはお前たちの宿願のために、そして我々は我々の切願のために。神の軍勢に対する共闘を、許してはくれるか?」

「それなら、喜んで」


 そしてガークスとレヲンの二人の間に握手が交わされる。もはやレヲンは【禁書】アポクリファの一員などでは無いこと――あの“神殺し”ヒトガタたちと同じ脅威であること――をガークスは悟った。

 ミリアムもそれは同じだった。レヲンの身体の中にはいつだろうと喚ぶことの出来る万の兵団が存在する。それはつまり、彼女を敵に回すわけにはいかないということだ。そうしてしまえば、決して一枚岩などでは無い【禁書】アポクリファに勝ち目などある筈が無い。

 戦闘人形オートマタ機械人形ヒトガタ同様に、腹が空いて集中力に欠けることも、怪我や疲労で弱まることも無いのだ。なまじ個の意思が無い分、寧ろ機械人形ヒトガタより質が悪いとも言える。

 だからガークスの返した掌は正しいのだろう。同じ所属では無くても目的ゴールが一緒である以上、何とかして共闘という体制を作り維持する。ミリアムもそのやり方には心の中で頷いている。


 エディは――ガークスとレヲンの遣り取りを、一人違った見方で捉えていた。

 ともにシュヴァインに取り上げられた、同じ食肉の楽園ミートピアを出自とする二人だ。しかし片や【禁書】アポクリファへと移送されて戦士として育てられ、片やそれが儘ならずにやがて食肉となる寸前で救出・保護された。


 エディは16歳で、シシは15歳だ。

 エディは男性で、シシは女性だ。

 その二人のうち、例えばどちらに神の軍勢と戦う運命が及ぶのかと問われれば、誰しもがエディだと答えただろう。

 しかし運命そのもの自体はシシを選んだように思えた。そのシシもまた、その運命に従って奇跡を身に帯びレヲンとなった。


 それを嫉妬と呼ぶのかについてはエディは断じられない。ただ、もやもやとする感情が彼の胸の内にはあり、エディ自身それに気付いていた。だが、どうしようも無い。

 それでも、会合の後で何となく鍛錬場へと歩んでいた背中をレヲンに呼び止められた際には、何故だか彼らしくない受け答えをしてしまった。


「エディ、何処に行くの?」

「何処って……別に、何処でもいいだろう?」


 歯痒かった。こんなにも自分が子供じみているなんて、気付きたくなかった。

 それでも、その口ぶりは止められそうに無い――続けるしか無かった。


「えっと……あたし、偉い人たちの話、よく解らないから……鍛錬場で訓練でもしようかなぁ、って思ってるんだけど……」

「鍛錬場? へぇ、

「う、うん……ある、みたい」

「何処に? 良かったら教えてくれない?」

「それが……初めての場所だから、判らなくなっちゃって」

「そっか。俺も、誰かに聞いておくよ。後で教える」

「あ、うん! ありがとう!」

「……じゃあ」

「うん……じゃあ……」


 踵を返して去って行くエディの背中をレヲンは見送り、そしてその姿が見えなくなると溜息を吐いた――それは、エディもまた一緒だった。吐息に込められた感情は異なるが、どちらも“何故なのだろう”という想いには違いない。


 それを少し離れた所で見ていた山犬と冥の表情は、とてもつまらなさそうなものだった。



   ◆



「山犬ちゃんといて、そんなにつまんない?」

「そんなこと無いよ。はあたしが今まで出逢った人達の中で、群を抜いてよ?」

「ううー、悪口として受け取るぅ!」


 エディとレヲンの遣り取りに対して納得が行かないは陽の当たる中庭で談義に花を咲かせていた。

 それはやがて山犬とそして冥自身のことへと移ろう。

 そんな中、冥が一向に笑顔を見せないことへの疑問を呈した山犬に、やがて冥は自らのことを語って聞かせた。


「……だから、あたしは笑いたくても笑えないの。ちょっとそこは、自分でもどうにもならないところだから……勘弁してね」

「うぼゎぁぁぁあああああん!」

「えっ、泣いてるの、それ……」

「うぐっ、ひぐっ、うぇっぐ、……おえっ」

「ど、どうどうどう……」


 語りが終わるまで静かに我慢して聴いていた山犬の慟哭は遂に堰を切り、怒涛という表現がしっくり来るほどの涙と嗚咽――それ故の嘔吐感――を垂れ流し、周囲の目もはばからずに喚き散らす。

 冥は戸惑いながらもその小さな背に手を添えてよしよしとさする。

 、なんて思い出して――――


「お、落ち着いた?」

「うん……ぐず、っ――ごべんね?」

「ううん、大丈夫」


 時折しゃくり上げる山犬の声は未だに震えている。

 こんなにも小さく、可愛らしい存在が本当に“神殺し”なのかと信じられない冥だが、それでも彼女のはその矮躯から立ち昇る夥しく鮮烈な“死の予兆”を確かに嗅ぎ取っている。


「冥ちゃんは、これから先も笑わない、笑えないのかなぁ?」

「どうだろ……これからのことは判らないよ」

「笑えたらいいのになぁ」

「それは激しく同意するけど……」

「一緒に笑いながら、天ちゃんやノヱル君の罵り合う姿とか眺めたいねぇ」

「天ちゃん? ノヱル君?」

「うん! おっかしぃんだよぉ、二人とも。あのねあのね、天ちゃんって言うのは山犬ちゃんたちより先に目覚めた一基目で、刀を使うんだけどね? でも全然使わないの!」

「うん、どっち?」

「使うとね、角が生えて、肌が珊瑚色になって、とっても強くなるの!」

「うん、悪魔か何かかな?」

「ノヱル君はね、銃をいっぱい使うんだぁ! 場面場面で使う銃を取り換えるんだけど、とぉってぇも弱いの!」

「自慢げに言うことじゃないね」

「でもねでもねでもね、ノヱル君はかっこよくて、とっても強いの!」

「矛盾だね」

「ううん。山犬ちゃんの“神殺す獣”デチエリィクスヴィ“饕餮”チェミクスチークスみたいに、変身して白くなって角が生えてめっちゃ強くなるの!」

「うん、ちょっと前半聞き取れなかったな」

「この前はね、ちゅどーんってやってた!」

「そっか。全然想像できないな――でも、そっか。って、共通してある能力なんだね」

「うん。あ、一応ね? 天ちゃんのは“憑依魔術”で、山犬ちゃんのが“変身魔術”って言われてたよ?」

「その、ノヱル? ってヒトのは?」

「ノヱル君の変身は……何だろう? でも何で? 冥ちゃんもするの?」

「……そうだね、多分、変身すると思う。したくは無いけど」

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