異ノ血の異ノ理④
「戦力の補強も、あたしがいれば大丈夫だと思います」
主にガークスに向けてレヲンは口火を切る。
死都ゲオルで獲得した、
「つまり……お前一人で、一万の軍勢と同じ、と見ていいのか」
「はい……そういうことになります」
誰もが絶句した。そしてその中には彼女と彼とを取り上げたシュヴァインが変じた戦士がおり、そして彼女と彼とを鍛え上げたあのエーデルワイスが変じた戦士もいる――エディは心を打たれたが、それに動じている場合じゃないと理性が感情を諭す。
「もしもこれ以上、神の軍勢との争いの中で命を喪う人が出れば……その人も」
「いや、それは無いよ」
口を挟んだのは隣にいた冥だ。誰しもの視線が彼女に注がれる。
「あたしがそうさせない」
「……でも、例えばあたしと冥ちゃんが」
「君の傍じゃないとあたしは戦わないよ。言ったでしょ、あたしは戦わなくてもいいんだ、って」
ぱちくりと目を瞬かせるレヲン。ガークスは歩み寄り、冥の細い両肩に彼の大きな手を置く。
「冥。儂からも改めてお願いする。どうか、このレヲンと共に、我々
「嫌だ。あたしが戦うのは、レヲンを死なせないため。それだけだから、期待しないで」
身を
「……いや、それだけでいい。レヲン」
「……はい」
「お前は、戦ってくれるか? 我々
「……神の軍勢とは戦います。でもそれは冥ちゃんと同じで……やっぱり、
「じゃあ、お前は何のために戦うんだ?」
「……これ以上、あたしの兵団が増えることの無いように。増えなくてもいいように、戦うんだと思います。いえ、そのために戦いたいです」
「……それならば、それでいい。ならばこう問おう。お前たちはお前たちの宿願のために、そして我々は我々の切願のために。神の軍勢に対する共闘を、許してはくれるか?」
「それなら、喜んで」
そしてガークスとレヲンの二人の間に握手が交わされる。もはやレヲンは
ミリアムもそれは同じだった。レヲンの身体の中にはいつだろうと喚ぶことの出来る万の兵団が存在する。それはつまり、彼女を敵に回すわけにはいかないということだ。そうしてしまえば、決して一枚岩などでは無い
だからガークスの返した掌は正しいのだろう。同じ所属では無くても
エディは――ガークスとレヲンの遣り取りを、一人違った見方で捉えていた。
ともにシュヴァインに取り上げられた、同じ
エディは16歳で、シシは15歳だ。
エディは男性で、シシは女性だ。
その二人のうち、例えばどちらに神の軍勢と戦う運命が及ぶのかと問われれば、誰しもがエディだと答えただろう。
しかし運命そのもの自体はシシを選んだように思えた。そのシシもまた、その運命に従って奇跡を身に帯びレヲンとなった。
それを嫉妬と呼ぶのかについてはエディは断じられない。ただ、もやもやとする感情が彼の胸の内にはあり、エディ自身それに気付いていた。だが、どうしようも無い。
それでも、会合の後で何となく鍛錬場へと歩んでいた背中をレヲンに呼び止められた際には、何故だか彼らしくない受け答えをしてしまった。
「エディ、何処に行くの?」
「何処って……別に、何処でもいいだろう?」
歯痒かった。こんなにも自分が子供じみているなんて、気付きたくなかった。
それでも、その口ぶりは止められそうに無い――続けるしか無かった。
「えっと……あたし、偉い人たちの話、よく解らないから……鍛錬場で訓練でもしようかなぁ、って思ってるんだけど……」
「鍛錬場? へぇ、そんなのあるんだ」
「う、うん……ある、みたい」
「何処に? 良かったら教えてくれない?」
「それが……初めての場所だから、判らなくなっちゃって」
「そっか。俺も、誰かに聞いておくよ。後で教える」
「あ、うん! ありがとう!」
「……じゃあ」
「うん……じゃあ……」
踵を返して去って行くエディの背中をレヲンは見送り、そしてその姿が見えなくなると溜息を吐いた――それは、エディもまた一緒だった。吐息に込められた感情は異なるが、どちらも“何故なのだろう”という想いには違いない。
それを少し離れた所で見ていた山犬と冥の表情は、とてもつまらなさそうなものだった。
◆
「山犬ちゃんといて、そんなにつまんない?」
「そんなこと無いよ。お姉ちゃんはあたしが今まで出逢った人達の中で、群を抜いてオカシイよ?」
「ううー、悪口として受け取るぅ!」
エディとレヲンの遣り取りに対して納得が行かない二基は陽の当たる中庭で談義に花を咲かせていた。
それはやがて山犬とそして冥自身のことへと移ろう。
そんな中、冥が一向に笑顔を見せないことへの疑問を呈した山犬に、やがて冥は自らのことを語って聞かせた。
「……だから、あたしは笑いたくても笑えないの。ちょっとそこは、自分でもどうにもならないところだから……勘弁してね」
「うぼゎぁぁぁあああああん!」
「えっ、泣いてるの、それ……」
「うぐっ、ひぐっ、うぇっぐ、……おえっ」
「ど、どうどうどう……」
語りが終わるまで静かに我慢して聴いていた山犬の慟哭は遂に堰を切り、怒涛という表現がしっくり来るほどの涙と嗚咽――それ故の嘔吐感――を垂れ流し、周囲の目も
冥は戸惑いながらもその小さな背に手を添えてよしよしと
いつか誰かの背中もこんな風に摩ったなぁ、なんて思い出して――――
「お、落ち着いた?」
「うん……ぐず、っ――ごべんね?」
「ううん、大丈夫」
時折しゃくり上げる山犬の声は未だに震えている。
こんなにも小さく、可愛らしい存在が本当に“神殺し”なのかと信じられない冥だが、それでも彼女の鼻はその矮躯から立ち昇る夥しく鮮烈な“死の予兆”を確かに嗅ぎ取っている。
「冥ちゃんは、これから先も笑わない、笑えないのかなぁ?」
「どうだろ……これからのことは判らないよ」
「笑えたらいいのになぁ」
「それは激しく同意するけど……」
「一緒に笑いながら、天ちゃんやノヱル君の罵り合う姿とか眺めたいねぇ」
「天ちゃん? ノヱル君?」
「うん! おっかしぃんだよぉ、二人とも。あのねあのね、天ちゃんって言うのは山犬ちゃんたちより先に目覚めた一基目で、刀を使うんだけどね? でも全然使わないの!」
「うん、どっち?」
「使うとね、角が生えて、肌が珊瑚色になって、とっても強くなるの!」
「うん、悪魔か何かかな?」
「ノヱル君はね、銃をいっぱい使うんだぁ! 場面場面で使う銃を取り換えるんだけど、とぉってぇも弱いの!」
「自慢げに言うことじゃないね」
「でもねでもねでもね、ノヱル君はかっこよくて、とっても強いの!」
「矛盾だね」
「ううん。山犬ちゃんの
「うん、ちょっと前半聞き取れなかったな」
「この前はね、ちゅどーんってやってた!」
「そっか。全然想像できないな――でも、そっか。変身って、共通してある能力なんだね」
「うん。あ、一応ね? 天ちゃんのは“憑依魔術”で、山犬ちゃんのが“変身魔術”って言われてたよ?」
「その、ノヱル? ってヒトのは?」
「ノヱル君の変身は……何だろう? でも何で? 冥ちゃんも変身するの?」
「……そうだね、多分、変身すると思う。したくは無いけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます